News 2001年1月26日 11:33 PM 更新

ISDNは“いつ消える?”

NTTがDSL推進に傾いたのは,電気通信審議会の答申による“圧力”だけではない。背後には,NTT社内で行われた,重大な方向転換があった。

 既に1万契約を超え,今後はそれ以上のペースで拡大するといわれるDSL市場。昨年の今頃では考えられなかったことだが,NTTを含むDSL事業者たちは,口をそろえて「年内に100万加入」と意気込んでいる。では,現在1000万のユーザーを抱え,名実ともにトップインフラの地位にあるISDNはどうなるのだろうか? 「フレッツ・ISDN」によってユーザー数は拡大し続けているものの,128Kbps以上にスピードが上がる可能性はほぼゼロだ。

DSLとISDNの因果な関係

 日本のISDNは,一般にピンポン伝送方式と呼ばれ,320KHzの周波数帯域を使う,世界的に見ても珍しい方式を採用している。この方式がADSLの信号スペクトラムに干渉し,ADSL信号の減衰を招くのは周知の事実だ。かたや,米国のISDNはエコーキャンセラ方式と呼ばれ,80KHzの周波数帯域を使う。米国生まれのADSLは,このISDNと重ならないように開発されたため,干渉しないのは当然。これによって,近年ADSLへの切り替えが急速に進んだ。

 NTTアドバンステクノロジ(NTT-AT)主催のテクノロジシンポジウムで講演を行ったNTT技術部門長の成宮憲一氏は,ADSL試験サービス開始当初の状況をこう述懐する。「通信サービスに撤退の自由はない。いきなり,分からないもの(DSL技術)を突っ込んでよいものだろうか? と不安だった」。結果として,懸念されたほどの信号減衰はなく,試験では7割以上のケースで1.5Mbps以上のリンクスピードを確認した(ただし,リンクスピードと実効スピードには2〜3割の差がある)。

 この時点で,DSLサービスに対してISDNが招く技術的な障害は,ほぼ解消されたといっていい。しかし,NTTはその後も積極的にはADSLを展開しなかった。ほかの事業者に対して排他的な行動をとり,公正取引委員会から警告を受けたのは記憶に新しい(2000年12月20日の記事参照)。そして年末,NTTは「フレッツ・ADSL」を大々的に打ち出し,サービスの本格展開を開始する。

2つのシナリオ

 NTTが昨年中,DSLに積極的でなかった理由はいくつかある。技術的な問題はもちろん,ビジネスとして通信事業を進める上で障害となる他事業者との競合など。しかし,もっとも大きな理由は,将来のFTTHを見越した設備投資だったようだ。

 現在,NTTがメタリック回線で提供しているサービスは,音声(電話)やFAXといったアナログ通信,およびISDN,ADSLのデジタル通信だ。ここに光アクセス回線を導入したとき,従来型サービスとどのように組み合わせるか? 少なくとも,ユニバーサルサービスである音声通話は継続して提供する義務がある。

 NTTでは,一般家庭へ引き込むアクセス回線のあり方について,2つのシナリオを用意していた。1つは,電話とISDNを維持するためにメタル回線をそのまま残し,光アクセス回線を独立させて別途ユーザー宅にまで引き込む案。光サービスのために最適なネットワーク環境を構築できる反面,ユーザーが光サービスにシフトしない限り,メタル回線が残ってしまう。これは将来のNTTにとって,ユーザーの移行を阻む大きなデメリットだ。また,ユーザーにしてみれば,移行期間中にメタルと光の2回線分の料金を払うことになる。

 2つめは,1つの機器(ONU)でメタルサービスのためのインタフェースを継続的に提供するというものだ。こちらは,メタル─光への移行が比較的容易であり,また光ファイバーの宅内引き込みにコストがかかる現状では,NTT側の投資金額も少なくて済む。しかし,光サービスが技術的・制度的にメタルに引きずられてしまう上,いずれ電話・ISDNの更改投資が必要になる。つまり,長期的視点に立てば,コストがかさむのだという。「これは,大きな経営課題だった」(成宮氏)

 その上,光と電話・ISDNを1台のONUで賄おうとすると,通話のためにバッテリーを積まなくてはならなくなり,ONU自体が大きくなってしまう。光サービスのみでは,ONUはおよそ「タバコの箱4つ分」のサイズ。しかし,バッテリーを搭載した電話・ISDN重畳型のONUは,「大きなA4ノートPCサイズ」になってしまう。

 こうした条件を加味した結果,NTTは前者のシナリオを選択した。つまり,当面,電話とISDNに必要なメタル回線を各家庭に残し,光アクセス回線を別途引き込む。光アクセスが普及する頃にはVoIP技術が進歩し,基幹部分を支える光ネットワークの帯域幅も大幅に拡大しているという読みもある。「メタルも継続して使用し,電話は,光が太くなった時点でVoIPを使って光に載せる。この方針変更により,DSLも推進することになった。そして,光には,光らしいサービスを展開できる」(成宮氏)。

ISDNへの投資はいつまで?

 メタル回線を当面維持することが決まり,ISDNサービスも安泰のように見える。しかし,NTTが企業としてサービスを提供する以上,ここでも費用対効果という視点でサービスを見なければならない。例えば,ISDNを長期に継続して提供するとなると,新たな設備投資が必要になる。フレッツ・ISDNのデータ通信は,交換機の加入者収容モジュールを通るため,これを新しくするためには交換機そのものをリプレースしなければならず,億単位の費用がかかる。一方,DSLは交換機を通さないうえ,世界で広く使われている技術であるため,設備の価格も大幅に下がっている。そして,通信設備の償却期間は6年間と長い(1月18日の記事を参照)。「6年後,ISDNが使えるか(競争力を持つか)というと,ノーだ」(成宮氏)。成宮氏の言葉は,NTTが今後,ISDNへの新規投資を行わないという意思表示にも受け取れる。

 もちろん市場競争力が落ちたからといって,NTTには一方的にサービスを打ち切る自由がないのは前に述べた通り。しかし,DSL事業者たちの思惑通り,年間100万単位で加入者が増えたとき,ISDNのユーザーは早いペースで減っていく。例えば,NTT東日本の場合,これまでにADSLサービスを申し込んだユーザーのうち,約2割がISDNからの乗り換えだったという。この傾向は,DSLの認知度向上とサービスエリアの拡大とともにますます顕著になり,ISDNとDSLのユーザー数推移グラフは,2〜3年の内に交差するはずだ。将来的に,ISDNはFTTHやADSLの届かない場所で,ニッチなインフラとして生き残ることになるだろう。

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[芹澤隆徳, ITmedia]

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