News 2001年10月10日 03:25 PM 更新

AMDが開けたパンドラの箱――古くて新しいプロセッサ命名法問題(2)

 1つは,比較対象が分かりづらかったことである。「Cyrix 6x86 PR200+」と言って,ではIntelのどのプロセッサより速いのか。97年中頃で言うと,IntelにはPentium,MMX Pentium,PentiumProがあって,PentiumIIも出始めていた。そのいずれの製品にも200MHz版がある。

 Cyrixの6x86のPレーティングの対象はこのうちPentiumで,6x86MXはMMX Pentiumだった。言い換えれば,自社の2種類のプロセッサのPレーティング値は,違うものだったのである。だが,そんなことをわかった上でこの数字を見るユーザーは,既にCyrixが訴求したいユーザー層ではなかった。

 もう1つは,比較基準が不明瞭だったことだ。Cyrix 6x86 PR200+がMMX Pentium 200MHzに対し,どんな性能で上回っているのか。あらゆる基準で上回っているのであれば,話は簡単だが,そううまくはいかない。

 当時のCyrixは「Winstone 9x」というベンチマークテストを中心に,Pレーティング値を表記していた。それ自体は業界で広範に受け入れられていたものだったから,不誠実な選択とはいえない。しかし,それであらゆるパフォーマンスを表現できるわけでもない。

 プロセッサとベンチマークテストには相性のようなものがあって,6x86の場合,Winstoneは得意だったけれど,WhetStoneは苦手だった。6x86MXとMMX Pentiumでマルチメディア性能を比較しても,動画は6x86MXが強かったが,3DグラフィックスはMMX Pentiumに軍配が上がったと記憶する。この場合,何をもって,「200+」と言いうるのか。

 結局,Cyrixは6x86で使った「+」という表記を,6x86MXでは+抜きの「PR200」と言った形に改め,比較でもMMX Pentium 200MHz“相当”と表現するようになった。このPレーティングベースの表記は,ユーザーの混乱を招きながらもCyrix MII(現VIA Cyrix MII)に至るまで続いたが,現在のVIA C3では実クロックベースの表記に戻っている。

クロック神話に抗するリスク

 一方,AMDは99年―2000年にかけてのクロック競争で,Intelと正面から渡り合い,互角以上の戦いを繰り広げた。ギガヘルツへの到達は,わずかながらAMDが先んじたことを,鮮明に覚えている読者も多いだろう。そして市場シェア拡大と同時に,ユーザーのマインドシェア拡大にも成功している。

 しかし,その後はIntelが巻き返した。AMDが主張する「Intelはクロック数が持つ価値を下げている」という主張が正しいかどうかの議論はさておき(筆者はAMDの主張に組するが),Intelはクロック数を引き上げるだけで市場から受け入れられる。なぜなら,彼らが業界標準だからだ。

 一方,AMDはクロック周波数を引き上げるだけでなく,パフォーマンスもIntel以上に引き上げていかなくてはならない。それが業界標準の地位を得ていないものの宿命なのだ。だから,正面からのクロック数競争が,いずれAMDにとってより辛いものになることは,実は当初から見えていた。

 そして結局,AMDは「脱クロック表記」というパンドラの箱を開ける誘惑に勝てなかった。

 残念ながら,同社のこの戦略は99%成功しないだろう。PCユーザーの規模こそ拡大したが,Cyrixの当時と,条件・状況はなんら変わっていないからだ。Cyrixの「脱クロック表記」が一般ユーザーに受け入れられなかった2つの理由を,AMDの今の製品に置き換えても,悲しいほどそのまま当てはまってしまうことに,読者も直ぐに気が付くだろう。

 願わくば――。AMD幹部(彼らもこの戦略に頼ることの危険さに薄々それに気が付いているはずだ)が「クロック神話」という抗しがたい相手と戦うことを止め,そのワナで致命的に傷つくまえに,「希望」の持てる別の道を探し出して欲しいのだが……。

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[中川純一, ITmedia]