News 2002年9月12日 09:39 PM 更新

ARMではなく、なぜMMXだったのか――Intelの携帯戦略

XScaleアーキテクチャにWireless MMX命令を追加すると発表したIntel。なぜARMではなく、MMXを選んだのか。そして3G携帯の市場性をどう見ているのだろうか。同社上級副社長のRon Smith氏に話を聞いた

 Intel Developer Forum Fall 2000でIntelがXScaleアーキテクチャにWireless MMX命令を追加すると発表した(9月11日の記事)。基調講演でその発表を行った上級副社長兼ジェネラルマネージャのRon Smith氏にIDF会場近くのホテルでインタビューを行う機会を得たので、その内容とXScale関連の発表を絡めながら、話を進めることにしたい。


基調講演でのRon Smith氏

 Wireless MMXとは64ビット長のレジスタを最大4つに分割し、並列に整数演算を行う命令セットである。いわゆるSIMD演算を行うための命令だが、MMXの名称が与えられていることから分かるように、MMX Pentium以降のIA-32プロセッサに実装されているマルチメディア命令セットのMMXと完全な互換性がある。

 Smith氏の基調講演では、MPEG4再生処理で50%以上も性能が向上し、性能を同じに維持した場合は40%ほどの省電力を実現できるというデモンストレーションが行われた。つまり、マルチメディア性能を向上させ、さらに必要なプロセッシングパワーが一定の場合は電力消費を抑えることができる。今や携帯電話をはじめとする小型端末においても、マルチメディア機能は必須のものになってきた。Wireless MMXのようなアプローチは、いずれにしろXScaleのようなアーキテクチャに必要なものである。

 もっとも、Wireless MMXという名称からは、ワイヤレスアプリケーションに特化した機能追加が行われている印象も受ける。少しいたずらっぽく、Wireless MMXはワイヤレスアプリケーションのためだけに有効な命令なのか? と尋ねてみた。

 「命令セットそのものはMMXと同じと考えてかまわない。しかしXScaleアーキテクチャが組み込まれるデバイスには、ワイヤレスで利用する製品が多い。携帯電話はもちろんそうだが、例えばスマートディスプレイ(Mira)なども802.11ワイヤレスLANを使う。ワイヤレスデバイスの性能を向上させる命令セットだからWireless MMXと名付けられている。まぁしかしマーケティング用語だね。技術的な相違はIA-32のMMXと同じであると考えていい」(Smith氏)。

 Wireless MMXに関するもう1つの謎は、なぜARMホールディングズが発表しているSIMD命令ではなく、Intelアーキテクチャでしか利用できないMMXを利用したかである。Intelは当時DECが保有していたARMのアーキテクチャライセンスごと半導体部門を買収したため、XScaleに独自の命令を組み込むことは自由に行える。

 「一つにはライセンスの問題があります。われわれはXScaleという独自のマイクロアーキテクチャを持っていますから、ARMのSIMD命令を実装しようとすると、ARMの提供するコアを再度ライセンスしなおしてからXScaleアーキテクチャへと改変するか、XScaleに対してARMのSIMD命令を独自に実装しなければなりません。いずれにしても簡単な作業ではないですし、すでにARMの設計とは大きく異なるアーキテクチャとなっているXScaleに実装するマルチメディア命令がARMのものである必要はないでしょう」(Smith氏)。

 しかし、他のARMアーキテクチャを採用する製品(例えばTIのOMAPシリーズなど)は、ARM社の次世代命令を採用することになる。Wireless MMXはIntelローカルのプロプライエタリな命令セットという印象を拭うことができない。果たして開発者たちにとって、Wireless MMXは本当に歓迎すべき仕様なのだろうか?

 「ARMで動作するアプリケーション、例えば携帯電話で動作するブラウザを考えた場合、異なる2つのコードを作る必要は出てくるでしょう。しかしわれわれはPCとの互換性を重視します。マルチメディア処理やセキュリティ処理をMMXで最適化すると、PCからPDA、携帯電話に至るまでそのパワーを活用できます。利用される場面に応じてデバイスが最適化されるようになれば、どこからでも同じアプリケーションが利用できなければならなくなります。われわれはIntelアーキテクチャ内での互換性を重視したわけです」(Smith氏)。

 IntelはXScaleや携帯電話向けDSP、フラッシュメモリなど携帯電話のキーコンポーネントを持つ。これまで携帯電話ネットワークが2Gから3Gへと移行することで利用されるデータ帯域が拡大し、それに伴って携帯電話内蔵プロセッサの速度やフラッシュメモリの性能や容量などで優位性を発揮できると説明してきた。

 しかし日本での状況を見ると、(今さら説明するまでもないが)FOMAは何度も滑走路に入っているにもかかわらず、いまだ離陸できずにいる。3G携帯電話の市場への期待が大きすぎるのではないだろうか?

 「FOMAの立ち上げが遅れている理由は、簡単にいくつかを挙げることができます。最初は東京近郊でしか使えませんでした。ユーザーはPDC携帯電話とFOMAを同時に持たなければなりません。また最新技術を小型の端末に組み込んだ最初の製品ということで、まだバッテリに問題を抱えていました。しかし、これらの問題は時間が解決するでしょうし、すでに現在は改善も進んでいます。もっとも、これから先のことは、NTTドコモに聞かなければならないですね」(Smith氏)。

 FOMAに限らず3G携帯電話はPDCなどの2Gに比べ、2倍以上の電波利用効率が実現されている。翻って言えば、3G携帯電話の方がデータ量あたりのコストは半分以下になる。これは音声トラフィックや小容量のデータ通信において、大きなメリットになる。もっとも、利用可能な最大帯域は軽く40倍になっており、その帯域の広がりだけを見て新しい利用形態が生まれると信じていた人も多かった。

 電波資源は有限である。電波の利用効率が決まっている以上、ドラスティックなコストダウンは望めない。3G携帯電話は、携帯電話ネットワークの利用形態(ユーゼージモデル)を大きく変える存在にはなり得ないのではないだろうか?

 「おっしゃるとおり3G携帯電話になったからといって、そして利用できる帯域が大きく広がったからといって、新しいユーゼージモデルを生み出すことはないでしょう。新しいモデルが生まれるためには、コストの問題は避けて通れません。解決策はただ一つ、ユーザーを増やすことしかありません」(Smith氏)。

 無線LANのホットスポットは3G携帯電話のライバルになるかもしれない。帯域幅が必要なアプリケーションは無線LANを利用し、音声通信は従来の携帯電話を使うといった使い分けをすればいいのではないだろうか?

 「無線LANと3G携帯電話の対決ですか? 片やLANで片やWANですから、使われる場面が全く異なります。確かにBaniasノートPCには無線LANが内蔵されますが、カフェのテーブルにノートPCを開く場面と、移動中にメッセージが入ってくる場面は、全く状況が異なります。この2つを比較することはできないでしょう。どちらも優れた技術ですが、異なる技術です」(Smith氏)。

 今の世の中の流れから言えば、IPベースのネットワークになる4G携帯電話にフォーカスした方が良い結果を得られるのではないだろうか。それまでの間、無線LANと既存の2G携帯電話ネットワークの組み合わせでも、困ることはないかもしれない。

 「現時点だけを見れば、それは悪くない選択だと思います」(Smith氏)。



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[本田雅一, ITmedia]

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