News 2003年4月21日 09:47 PM 更新

破壊され散逸するバーミアンの遺産をデジタルで保存

異教徒のシンボルである“偶像”を破壊するのは、長い歴史の中で繰り返されてきた行為。価値のある埋蔵品の略奪も今に始まったことでない。いずれは失われ散逸する「人類の財産」を、デジタル技術で保存、復活させる研究が日本で行われている

 国立情報学研究所は、4月21日に国際共同研究「ディジタル・シルクロード」の成果の一環として、「バーミヤン・バーチャル・ミュージアム」プロトタイプを公開した。

 シルクロードは、ご存知のとおり、中国は長安から、ローマ帝国の中心地ローマまでを結ぶ中央アジアを横断する交易路。モンゴルからカザフスタンを横断してカスピ海北岸、黒海を経てヨーロッパへいたる北の道と、アフガニスタン、イラク、トルコを経てローマに至る南の道が確認されている。


モンゴル経由でカスピ海黒海の北岸を経由していくのが「北の道」。天山山脈の北に沿って進み、カスピ海黒海の南岸を越えていくのが「南の道」。このほかに、インド洋からペルシャ湾、または紅海を進む「海の道」というのもある

 東洋と西洋の文化が行き会うシルクロードの周辺諸国に、歴史的遺跡が数多く埋蔵されているのはご存知のとおり。しかし、風化損失に加え、異教徒による遺跡の破壊と戦乱の略奪による散逸が進み、研究者にとって深刻な事態となっている。タリバンによる石仏破壊、バグダットにおける博物館略奪の映像は記憶に新しいところだ。

 「ディジタル・シルクロード」では、シルクロードの周辺諸国に存在する歴史遺産をはじめ、世界中の研究者、博物館が所有する資料をもデジタルデータに変換し、データベースとして保存する。加えて、構築したデータベースの活用方法も研究する。この活動は単にハードウェアとデータベースの構築だけでなく、蓄積されたデータ画像の私的所有権に関する調整、シルクロード周辺諸国における歴史遺産の保存、調査、研究に関する教育といった、学術研究の啓蒙活動も網羅されている。


このプロジェクトのまとめ役である国立情報学研究所 研究総主幹 小野欽司氏

 このプロジェクトで開発を目指しているシステムは、資料の画像、書誌情報、検索用データを蓄積したデータベースと、データベースにアクセスするクライアント「集積検索システム」から構成される。データベースのサーバには分散自立型のオートノミックコンピューティングを導入する予定。また、クライアントの環境には、タッチパネルができるディスプレイなどの、ユーザーインタフェース環境も定義される。

 データのメインコンテンツとなるのは「遺跡の画像データ」。遺跡を実際に撮影した写真から、文献に掲載されている写真まで、資料として存在するあらゆる画像資料が保存の対象となる。

 収集された資料は、日立製作所が開発した「Digital Image System」(DIS)によって画像データとして保存される。DISは、画像のデジタル処理を容易にするために「入力」「処理」「保存」「出力」を一括処理できるシステム。国宝「源氏物語絵巻」「二条城二の丸御殿障壁画」の、画像データベース化と復元作業に使われるなど、すでに実績がある。また、電子透かしや、画像データ暗号化などの、所有権を守るためのセキュリティー技術が実装されているのも特徴だ。

 今回公開された、バーミヤン・ディジタル・ミュージアムのプロトタイプでは、「集積検索システム」の画像データ検索ユーザーインタフェースと、研究活用のツールソフトとして開発された「変形・合成による仮想復元」の一部分が紹介され、ローカルに保存されたデータベースの画像に対して、目的の画像をタッチパネルで検索するデモが行われた。


プロトタイプのデータ検索では目的の遺跡があるエリアを選択する。上にあるバーミアン断崖全景から選択したエリアが下に表示され、さらに表示された部分が八つのエリアに分割される 

 初期画面では、バーミヤンの遺跡が大量に保存されている「バーミヤンの断崖」全景画像が表示される。プロトタイプでは、全景画像から目的の石仏、石窟を選択することで、より細かい画像データを引き出すようになっている。ちょうどWebページのクリッカブル・マップで画像を選び、リンクされているデータにアクセスする操作感覚に近い。画像データは主な石仏や石窟単位で整理され、壁画などの付随画像はサムネイルとして表示されたものから選択する。


先の八つのエリアから選んだ画面で、個別の遺跡にアクセスできる。エリアに存在する石仏や石窟をクリックすると、それぞれに付属する壁画の画像が右下のサムネイルに表示される


サムネイルをクリックすると、壁画データが大きく表示される。プロトタイプではこのデータが最下層。上の階層に戻るときは、画面上に表示されているサムネイルをクリックする

 仮想復元のツールは、風化や破壊によって一部が欠落した壁画の画像に対して、過去に記録されたスケッチや文献資料から推定される絵柄を重ね合わせることで、予想される復元画像を求める。また、ただ重ね合わせるだけでなく、撮影された実物の表面にスケッチ面を一致させる「歪み修正」の機能を持っている。


仮想復元ツールの機能紹介。過去に調査されたスケッチを実際の撮影画像にトレースする。このとき、撮影アングルや表面の凹凸によってずれが発生するので、その修正が必要になる。修正前ではスケッチの黒線が実物の色境界と一致していないが、修正後は色境界と黒線が一致しているのが分かる

 ディジタル・シルクロードの作業は3年計画で進められており、2003年はその2年めにあたる。1年めで予定していたバーチャルミュージアムのプロトタイプは予定通り完成。今年はユネスコ、中央アジア諸国の研究機関とワークショップを開催し、来年には敦煌などの地域でバーチャルミュージアムを構築する予定だ。


ディジタル・シルクロードの開発ステップ。現在、2ステップめのプロトタイプが完成したところ。予定しているスケジュールでは2004年中に完成予定だが、バーチャル・バーミヤン・ミュージアムの完成時期について明らかにされなかった

 しかし、予算、データベース構築、サーバ構築については「今のところはっきりとした見通しはない」(小野氏)。ディジタル・シルクロード構想の完成には「数億円の予算が必要」(小野氏)となっているが、現在ユネスコからはプロジェクトとして認可されておらず予算は出ていない。一方で、凸版印刷と日立製作所による民間ベースで、日本文化遺産のデジタル保存作業が次々と進行している。

 国立情報学研究所では、バクダッドのイラク国立博物館でも、バーチャルミュージアムによるデジタル保存の作業を考えているらしい。しかし、報道にもあるように急速に損失、散逸している状況。イラクだけでなく、現時点で「いつ出来上がるかについて、はっきりといえない」(小野氏)プロジェクトの完成を待つだけの時間は中央アジア諸国に眠る歴史遺産にはない。民間ベースの迅速な保存作業の推進こそ、今一番、求められているのではないだろうか。

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[長浜和也, ITmedia]

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