News:アンカーデスク | 2003年12月5日 05:13 PM 更新 |
ゲツク――月9――フジテレビ系で毎週月曜日の午後9時に放映される連続ドラマをこう呼ぶ……なんてことは、みなさんご存じだろう。毎回、高視聴率を稼ぐことでも有名だ。ドラマのネタなんてとっくに飽和状態。どの局のドラマも「どこかで見たような」ものばかり。今回の月9はその裏をかいて、巧妙な映像の記号的用法を仕掛けてきた。僕たちの記憶は、ディスプレイ上で育まれている。
集団ドラマと法律もののジレンマ
今回(2003年10−12月の第2クール*1)の「月9」は、法律家を目指して日々精進する司法修習生を主人公にした「ビギナー」である。
買収問題で不信感を加速した「視聴率」だが、今のところそれ以外に人気を図る指標がないので取りあえず信じるとすれば、NHKの朝の連続ドラマ(*2)「てるてる家族」とリメイク版「白い巨塔」に次ぐ第3位ということである(*3)。
放映前に「集団ドラマで法廷もの」という「ビギナー」の設定を知ったとき、「こりゃあ、当たらんだろうな」と思っていた。集団ドラマは、例えば新聞記者とか、刑事、特殊部隊、古くはスポーツに励む学生など、アクティブな登場人物をアクティブに描くのが常道だった。
法律&法廷ものはその逆で、弱者を助ける一人の人情弁護士が主人公だったりして、会話(台詞)を中心とした静的なカメラアングルが基本となる。複数・動と単数・静――両者を取り混ぜるのは非常に難しい。
主役の魅力もさることながら……
相互に矛盾する設定を一つのドラマに押し込めるのは無茶だよ……と、思ったのだ。なのに、当たってしまった。高視聴率なのだ。 「月9」には過去に、検察官を主人公にした集団ドラマ「ヒーロー」というのがあって大ヒットしたのだけれど、あれは主役を務めた木村拓哉の人気に負うところも多かった(*4)。それが、今回は無名の新人ミムラが主役だ。いくら脇をベテラン&人気俳優が固めても、無理があるだろうなと思っていたのだよ、僕は。
ところが彼女、実にいい。うまいけれどスレていないし、初々しいのに落ち着いている。すごい女優だ。先が楽しみである。ま、それは置いといて、だ。
登場人物のバラバラ加減がいい
主役の魅力もさることながら、脚本(水橋文美江)のうまさが人気に大きく貢献していると思う。そもそもの設定が絶妙なのだ。弁護士や判事を目指す司法修習生(*5)のグループという設定、これが実に見事である。
先に触れたキムタクの「ヒーロー」も法律&集団ものだったが、あちらの主要登場人物は全員検察官という設定。全員が同じ目的を持っており、かつストーリー進行もアクティブだった。
ところが「ビギナー」では、ある者は弁護士、ある者は検察官、またある者は裁判官……と、グループなのにそれぞれ異なる目標を持っている。さらに、彼ら主要人物の「過去」の違いがそれぞれの性格を際立たせ、1つの事件に対して人情寄りの判断と冷徹な法解釈とがぶつかり合う――という構図を生み出す。
オープニングに数本分のドラマ
主要登場人物の過去を簡単に紹介しておこう。
田舎から東京に出てきて、辛いOL生活を送っていた主人公の楓由子(ミムラ)を筆頭に、元不良少年で喧嘩に明け暮れていた羽佐間旬(オダギリジョー)、元高級官僚で汚職により職を追われた桐原勇平(堤真一)、リストラされたサラリーマンの崎田和康(北村総一朗)、元やくざの情婦・森乃望(松雪泰子)……と、全員が“いわくつき”なのである。
よくよく考えてみると、彼らに設定されている過去は、我々がこれまでに他のドラマですでに見聞きしてきた「見覚えのある過去」だと気付く。元不良が何かの事件をきっかけに更生し、法律家を目指す。元やくざの情婦が男と縁を切って更生しようとするが、過去のしがらみを断ち切れない。リストラされた熟年オヤジが娘のような年齢の女性と喧嘩するのだが、それでも二人は案外仲がよさそう……などなど。
ドラマのオープニングでは、彼らの過去の描写として「アパートの部屋で半纏(はんてん)を着て本を読む若者」「雨の中、かっぱを着て交通整理をする警備員」「ベンチで弁当を食べる熟年男」「毛皮のコートを羽織ってさっそうと歩く情婦」などの映像が映し出される。どれも、いつかブラウン管の中で(*6)見たことのある光景だ。
このオープニング・シーンを見ただけで、我々は数本のドラマをダイジェストで見せられた気がしてしまう(*7)。
テレビに作られた記憶
[長谷川裕行, ITmedia]
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