News 2003年12月26日 10:43 PM 更新

モバイル放送の「ギャップフィラー」の仕組みに迫る

衛星からの電波を受信するモバイル放送では、電波を受けることができないビルの陰やトンネル、地下のような場所が問題となる。これを解決するのが、電波を再送信する装置「ギャップフィラー」である。

ギャップフィラーのおさらい

 前回の記事にもあるように、モバイル放送では衛星電波が届かない場所にギャップフィラー(Gap-Filler)と呼ばれる再送信装置を設置しカバーする。  ギャップフィラーは衛星電波が直接届かない場所、たとえば従来型の衛星放送サービスではカバーできなかったビルの影となる場所などを補完する装置である。

 実は、ギャップフィラーはモバイル放送に特有なものではなく、地上デジタル放送などでも使用されている技術だが、移動体で使用することを目的としたモバイル放送では、全国で均一なコンテンツを受信できることがウリなので、とりわけギャップフィラーに注目が集まる。

 ところで、携帯電話の基地局のように、ギャップフィラーが設置されない場所ではモバイル放送を視聴できない…という誤解もあるようだが、ギャップフィラーはあくまで補完である。日本全国の南方向の空が見える場所ならば、ギャップフィラーの助けを借りること無しにモバイル放送を視聴可能である。

4種類のギャップフィラーが使用される

 モバイル放送用のギャップフィラーは、「広域ギャップフィラー」と2種類の「狭域ギャップフィラー」、そしてホームギャップフィラーの4種類が考えられているようだ。現状では広域ギャップフィラーしか設置されていないが、ほかのギャップフィラーの特徴を筆者がまとめてみよう。

 これらを基本にして、実際の設置に際してはさらに細かく用途に合わせたものが使われると思われる。

中継バンドエリア用途
広域ギャップフィラーKu→S600メートル−3キロビルのビル陰など衛星電波の届かない場所をサポートする
狭域ギャップフィラーAKu→S500メートル以内広域ギャップフィラーで漏れたところをサポートする
狭域ギャップフィラーBS→S1キロ程度トンネルなど衛星電波が全く届かない場所での中継用
ホームギャップフィラーS→S数十メートルマンションなど電波の届かない事務所・住宅用。おもに小規模事業所や個人などへ販売されるものと思われる

広域ギャップフィラーの出力はケータイ並み

 広域ギャップフィラーは三大都市圏、つまり関東50キロ圏と名古屋/大阪地区に配置されつつある。ビルが林立する銀座のような場所は、半径600メートル−1キロで面状にサポートすることを目指してビルなどの上に設置しているようだ。また、比較的低層住宅が多い地区では、半径2−3キロの面状をサポートするべくそのエリアにある高いビルなどに設置している。

 モバイル放送の広域ギャップフィラーは、写真にあるように垂直アンテナと南を向いたパラボラアンテナのセットでビルの屋上などに設置される。

 広域ギャップフィラーの送信出力は、携帯電話の最大出力とさほど変わらない1W程度なので、かなり小さな放送局といえるだろう。


ギャップフィラーはこのようにビルの屋上に設置されることが多い。通勤客が視聴できるように、鉄道沿線に多く設置されているとの話もあるが、携帯電話のアンテナのようには簡単に見つからない

 衛星からは一般向けSバンドの他に、ギャップフィラー向けのKuバンドも出されている。広域ギャップフィラーはこのKuバンドの電波を受信して、衛星と同じSバンドの放送電波を送出するしくみだ。  受信端末は衛星からの電波が届かなくても、ギャップフィラーからの電波のみで受信できることになる。


機器の接続は非常に簡単だ。2つのユニットを接続し、送受信アンテナを取り付けて電源コンセントに挿すだけでよい。

 受信は衛星からの12GHz TDM(Time Division Multiplex:時分割多重)変調電波を直径75cmパラボラアンテナで受信する。この電波は、一般に受信できるSバンド2.6GHz CDM(CDM=Code Division Multiplex:符号分割多重)変調方式とは異なるが、放送の内容(コンテンツ)は同じものだ。

 受けた電波は、パラボラアンテナの受信部にある衛星通信ダウンコンバータ(LNB=Low Noise Block Down Converters)で1GHzの周波数にダウンコンバートしてからケーブル経由で信号処理部に入れる。このとき、TDM変調の伝送速度は256Kbps×30チャンネル=7680Kbpsなので、Sバンドの放送と同じ速度である。

 信号処理部は、1GHzにダウンコンバートしたTDM変調信号(PSK)を復調し、受信エラー確認処理後、放送と同じ周波数の2.6GHz CDM変調信号に変換し分配器に送る。

 また、信号処理部にはリモートコントロールやステータス監視を行えるように、リモート監視機能としてセルラー網のパケット通信モジュールが入っている。

 ちなみに、信号処理部ユニットの大きさは460×255×160ミリで重量は8.5キロとあんがい小型である。また、分配器の大きさは220×200×110ミリとさらに小型だ。

 分配器では、2.6GHzのSバンドCDM変調信号を各アンテナに分けて送り、そのアンテナ直下の電力増幅アンプで1Wに増幅する。このアンプの電源は、分配器よりDC12ボルトが供給される構造だ。

 2.6GHzの送信アンテナは、1本あたり15dBiの利得があるセクターアンテナを使用する。避雷針を含むアンテナの大きさは直径68ミリ、長さ1410ミリ、アンテナの放射ビームパターンは平面120度(1本あたり)という性質をもつ。

 ビルへ設置する場合には、地上をサービスエリアにするためにパラボラを垂直方向から若干傾け気味に設置される。全方向のサービスをするためには、アンテナを3本使い、平面360度(120×3=360度)をカバーする。もちろん、面でカバーする必要がないような特定方向の場合には1本のアンテナでよい。送信アンテナには避雷針が装備されているので雷対策は万全だ。

 上記のように、ギャップフィラーの送信出力はあまり大きくはないので、消費電力も少ない。電源は商用電源100ボルトのみで良く、信号処理部と分配器へAC100ボルトを2本配線するだけで良い。ギャップフィラー全体でも消費電力はわずか154ワットしかない。また、アンテナを取り付けるポールや台座などを除いた機器の総重量は24キロ程度である。モバイル放送用のギャップフィラーは、まったくお手軽な設備であることがわかる。


送受信アンテナはパラボラアンテナで衛星からのギャップフィラー専用のKuバンドの電波を受信し、3本のセクターアンテナで360度の円エリアに対して1W Sバンド放送局として放送サービスを行う


制御部分は左から分電盤ボックス、信号処理部+遠隔制御、分配器のユニットより構成される

 ギャップフィラー設置工事は、実際の工事作業のほかに、電波の測定や動作確認などの作業も行ってから完了となるので、工事は数日ほどかかるようだ。

 広域ギャップフィラー装置の設置工事は、地上デジタル放送のように鉄塔などは必要としないし、モバイル放送の全チャンネルを1つのギャップフィラーでサポートできる。また、携帯電話基地局のように通信回線を接続する必要もない。さらに、後述するように基地局のエリア切り替えの問題も発生しないなど、他の放送に比べるとモバイル放送のギャップフィラーは格段に簡単な設備で、運用も容易なことがわかる。

その他のギャップフィラーについては現在準備中

 今のところ狭域ギャップフィラーはまだ正式には設置されていないようだ。

 半径500メートル未満をスポットでカバーする狭域ギャップフィラーには2種類あり、12GHzのKuバンドTDM電波を2.6GHzのSバンドCDM電波に変換するものは、狭い範囲のビル陰、駅構内、道路などを直線的にカバーするように配置される。三大都市エリアでは衛星が上がってから本運用開始されるまでの期間に設置される模様だ。

 もう1種類の狭域ギャップフィラーは、2.6GHzのSバンドCDM電波をそのまま同一周波数で増幅して中継するタイプだ。このタイプは、ギャップフィラー向け電波が届かない場所に設置するものだ。

 具体的な例を挙げれば、トンネル内部のような場所でこのタイプを使って中継する用途が考えられる。

 もっとも、トンネルの入口からギャップフィラーで送り込むだけで3.5キロまではサポートできるので、かなり長いトンネルでも両方の入口から電波を送り込めば、3.5キロ×2=7キロ程度まではカバーできることになる。

 したがって、理論的には7キロを越える長さのトンネルでは中央部分にこのタイプのギャップフィラーを用いることになる。内部で中継する場合には、入口にあるギャップフィラーから送られたSバンド電波を再度このギャップフィラーで中継するわけだ。


▼▼長いトンネル内はこのようにギャップフィラーを組みあわせ、モバイル放送がとぎれることなく連続受信できるようにする

 これらの2種類のギャップフィラーをベースに、実際に設置に際してはアンテナビームの指向性や送信出力を用途に合わせて変えていくのであろう。

 空の見えない地下鉄内での受信がどのようになるのか興味があるので、機会があれば別途レポートしたい。

 また、鉄筋コンクリート住宅などのさらに狭い場所については、2.6GHzのSバンドCDM電波をそのまま同一周波数で増幅して中継するホームタイプのギャップフィラーを検討しているようだ。

ギャップフィラーモニター(監視)は365日24時間

 広域、狭域ギャップフィラーはギャップフィラー監視診断センターにて365日24時間常時監視され、本社と放送センターではネットワーク端末で、その全体の動作状態(ヘルスチェック)を知ることができる。

 ギャップフィラーは携帯電話網のパケット通信でモニターおよびコントロールを行っている。このセンターからは遠隔操作で機能の回復や遠隔診断にて装置の異常発生部位を特定することができるようだ。これにより速やかに修理作業を行うことができるような体制になっている。

 衛星は1月末に打ち上げられてすぐ稼働するのではない。衛星は1カ月かけて正式な静止衛星軌道へ移動して、3月には放送と同じ電波が出ることになる。このとき放送センターからの衛星へのアップリンク(地球から衛星)は現在借用中のスーパーバードC衛星から正式に衛星側に切り換えが行われる。

 衛星が切り換わるのであれば、当然ながらすでに設置してある広域ギャップフィラーへのダウンリンク(衛星から地球)Kuバンド周波数も正式衛星の周波数に変更しなくてはならない。

 日本各地にあるギャップフィラー装置の切り換えを考えると大変なようだが、これはギャップフィラー監視診断センターからセルラー網のパケット通信を使用して切り換えコマンドを送信することで、ほぼ同時に切り換えることが可能である。

 もうひとつ、ギャップフィラーで使用している受信アンテナを正式衛星の方向へ向けてやる、指向性の変更作業も必要になる。しかし、うまい具合に正式衛星は現在借用中のスーパーバードCと同じ東経144度上にあるため、アンテナ指向性の切り換えは不要だそうだ。

ギャップフィラーには電波利用料が必要?

 モバイル放送のシステムは良いことばかりのように思えるが、問題点もある。

 それは、各地に設置するギャップフィラーが放送無線局と見なされるために電波利用料が発生することである。簡単に言えば、ギャップフィラーの数だけ年間電波利用料を総務省に納入する必要があるのだ。

 この点について、モバイル放送の株主の日本テレビ放送網は次のように総務省へ申し入れている

 「本事業には、トンネルやビルなどによる電波障害の改善のため、多数の無線局の置局が余儀なくされる。このため、電波利用料が経営の安定化の阻害要因につながることもあり、新たに策定されることが必要であると考える」

 また法律上、広域ギャップフィラーは1Wの放送無線局なので、無線局定期検査を受ける対象となっていることも、阻害要因としてあげられるだろう。

ギャップフィラーの設置が終了後にサービス開始

 ギャップフィラーはモバイル放送のサービス開始時期にも関係がある。

 というのは、衛星が上がってから約1カ月経過した段階で、衛星からも広域ギャップフィラーからも電波の届かないような狭いエリアを調べ、そこに送信出力の弱い狭域ギャップフィラーを設置するためだ。

 そして、ユーザが受信に際してストレスを感じないことを確認し、さらに各メーカからのモバイル放送受信機の発売状況などもみてから本サービス日を決定することになるようだ。

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[後田敏, ITmedia]

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