「音の同人だった」――「初音ミク」生んだクリプトンの軌跡:クリプトン・フューチャー・メディアに聞く(1)(2/2 ページ)
個人の力がメディアになる、そんな時代を生きてきた。「ネットが普及すれば、距離と時間を跳び越えられる気がしてた」。札幌で「初音ミク」を生み出した、クリプトンの歴史。
創業は1995年、インターネットの黎明期。「NTTの担当者に『ISDN』と言っても、何か分かってもらえなかった」という当時から、会社にISDNを引き、海外の取引先とメールでやりとりをした。
受注用サイトを立ち上げるために常時接続環境がほしかったが、月額数十万円の専用線は高すぎた。破格に安価だった企業向け常時接続サービス「OCNエコノミー」(月額3万8000円)が札幌に来るのを待ち、道内初のOCN導入事例になった。NTT北海道の“バーチャル開通式”に立ち会い、新聞に載ったという。
「地方というハンディがあるから、どうしてもネットに行かざるを得ない。ネットが普及することによって、距離と時間の垣根はきっと跳び越えられるだろうな、という気がしてた」
東京もネットブーム。「ビットバレー」の狂騒を遠目に見つつ、「僕は地道に札幌で、音を売っていました」。
音をもっと
「ヘリコプターの旋回音」「車が崖に落ちて大破する音」「恐竜の鳴き声」――同社のライブラリには今、100万近い音がそろう。当たり前の音から、ありえない音まで。世界の音仲間、そしてハリウッドの映像産業が輸入元だ。
集めた音を1つ1つ聞き比べ、特徴を言語化してデータベースに整理していく。「もう1度やれって言われたら気がおかしくなりそう」な地道な作業を積み重ねてきた。
ミュージシャンやテレビ局、ゲーム会社などが得意先だが「対価は雀の涙」と笑う。「本当にしょぼいビジネスで、何とかもうちょっとマシにならないものか、と思うじゃないですか」
明るい音で楽しくなり、切ない音で悲しくなる。人の心を揺さぶる音をたくさんの人に届けられないか――。02年ごろ会社を「音で発想するチーム」と位置付け直し、視野を広げた。新しい舞台は、多様な音を再生できるようになった携帯電話。「音でやりたいことは、山ほどあった」
サウンドを検索・試聴・購入できる「ソニックワイヤ」の検索結果の例。「パソコン」と入力すると、「1989年以前の古いPCによるタイプ音」「Macintoshにフロッピーを挿入する音」など740件もの結果が。「PC」で検索しても同じ結果。表記の揺らぎにも対応した独自のエンジンだ
だが技術に明るくはない。社内で勉強会を開くなどして技術を身につけ、アイディアを形にしていった。携帯電話向けサイトは01年から投入。効果音や着メロ、着うたを配信するサイトを、次々に作っていった。
PC向けでも、欲しい音を瞬時に見つけ出す独自の検索エンジンを開発。10万件以上のサウンドを検索・購入できる「ソニックワイヤ」や、声を録音してサイトに保存し、ブログパーツにしたり、QRコードから再生できる「VOON」など、音を軸にしたサイトを作ってきた。
「面白そう」「やってみたい」が先にある。知識や技術が足りなければ、後で身につければいい。英語もできないままclassifiedsにチャレンジした、あのころと変わらない。
「会社は、自分や社員の頭の中にあるアイディアを、実現する場所だと思う」
オーケストラも、1人で作る
バーチャルインストゥルメント(仮想楽器)と呼ばれるソフトの輸入・販売も中心事業の1つだ。ピアノ、バイオリン、ドラム、ギター――どんな楽器の音も、PC 1つで再現でき、1人でオーケストラも構成できる。
「グランドピアノやオーケストラなんて普通、貴族でもないと持てないじゃないですか。でもバーチャルインストゥルメントなら、普通の人でもコンピュータ上でオーケストラを再現できる」
プロのミュージシャンには、バーチャルインストゥルメントを「しょせんは偽物」と嫌う人もいる。「生で弾くピアノに、勝るものはない」と。
「でも例えば、生ピアノを演奏したCDに入っているのは、デジタルデータ。うん百万円もするアコースティックピアノにマイクを仕込んで演奏し、録音して、デジタルなものを作ることになる。バーチャルインストゥルメントを使って最終的に同じぐらいのクオリティーのデータができれば、生ピアノじゃなくてもいいはず」
今や、たいていの楽器はバーチャルインストゥルメントで再現できる。それこそ「ハイエンドなものになれば、素人だと生音と聞き分けが付かないクオリティー」で。だが「人間の歌声」だけは、再現が難しかった。
「サンプリングCDで一番よく売れるのは、シャウトなど人間の声。人間の声を再現できるソフトが作れれば面白いし、ニーズもあるだろうと思っていた」
そんな時紹介を受けたのが、人間の肉声からリアルな音声を合成できるというヤマハの音声合成技術。のちに「VOCALOID」(ボーカロイド)と名付けられる技術の初期版だ。
当時はまだ機械っぽい音だったが、そこが好きだった。「新しい楽器としての可能性を感じた」
(→「初音ミク」ができるまでに続く)
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