「無垢で子どもらしい」クリプトンの新VOCALOID登場――「Project if...」が始まった
「今度はお子さまか!」――「ポニョ」を歌う新しいVOCALOIDがクリプトンの公式YouTubeサイトで公開され、そのリアルな歌いっぷりは衝撃を与えた。同社のVOCALOID仕掛け人、佐々木渉氏に話を聞いてきた。
クリプトン・フューチャー・メディアがVOCALOIDの新しいシリーズを準備している。「Project if...」と呼ばれる「実験的な展開」だ。
同社は大ヒットとなったCV(キャラクター・ボーカロイド)シリーズの「初音ミク」「鏡音リン・レン」「巡音ルカ」をリリース。現在は「ミクAppend」という初音ミクの声の表情を拡張したもの、産業技術総合研究所のヒューマノイドロボット「HRP-4C」向けに特別提供した「CV-4Cβ」、若い男性声優が演じる「CVシリーズにつながりのある」VOCALOIDの3種類を開発表明しているが、「Project if...」はそのどれとも違う(クリプトンの「新しい男性VOCALOID」を聴いてきたよ(オルタナティブ・ブログ))。
この「Project if...」は、これまでで最も異色といっていい。そもそも成人男女による歌声ではないのだ。公式ブログで明らかにされた新VOCALOIDシリーズ「Project if...」は「CVシリーズ以外の実験的な展開」という位置付けだが、その第1弾は「無垢で子どもらしい声」だ。
公式ブログでは、「『もしも、こういう(意味の有る)声で歌わせることが出来たら……』『コンセプチュアルに切り取られた声が(意味深く)並んだら……』という角度で、声とそれにまつわる印象や環境にフォーカスを当てます」と説明している。その第1弾は、「ミュージカルの訓練を受けている+子どもならではの無邪気な表現+子どもらしい緊張感」を持つVOCALOIDだ。
これだけでは情報が少なすぎなので、クリプトンのVOCALOID責任者である佐々木渉氏の話から、詳細を読み解いていこう。
7歳の女の子
「CVシリーズはワンアイデアのものだったけど、大きな反響になり、それが逆にプレッシャーにもなった」という状況で、「これまでのVOCALOIDは声の提供者が十代から三十代まで。完成されている一方、生々しさが不足し、面白くない部分もある。そこから離れたかった」といった考えもあり、「子どもの声」というアイデアに思い至ったという。
その最初の成果の1つが「崖の上のポニョ」を新VOCALOIDで歌ったもの。とにかく聞いていただきたい。
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非常にリアルな子どもの歌声だ。かなり注意深く聞かないと、人間の声と間違えるだろう。初音ミクや鏡音リンのジェンダーファクター(声質のパラメータの1つ)を変えて子どもっぽくしたものとは明らかに違う。中性的な、明確に子どもの声、と言える。「声優さんがつくる子どもの声とは違う」「頑張っている感じがある」「いいエネルギー、モーティベーションが得られ、リフレッシュになる」と佐々木氏は説明する。
このデモは、某劇団でミュージカル(かなり有名なもの)の訓練を受けている7歳の女の子による歌唱を元に、VOCALOIDで作られたものだが、デモの一部にはさらに年少の声も含まれている。最終的にどうなるかは未定だが、このほかにも、元気のいい男の子、おとなしめの男の子の収録も視野に入れているそうだ。
CVシリーズの大ヒットのおかげでVOCALOID制作に関わる同社スタッフは増えた。現在およそ5人が担当となり、佐々木氏が比較的自由に動けるようになったことも、こうした「実験」ができる素地になった。今回の声の提供主・“中の人”の収録に当たっては、クリプトンの女性スタッフがブースに一緒に入り、子どもの不安が生じないようにする、リラックスした雰囲気で、おやつを食べたりしながら収録を進めていくといったソーシャルなノウハウもたまっているようだ。
VOCALOIDのレコーディング時に読み上げる呪文(スクリプトと呼ばれる)については、子どもが読めて、かつ必要な音素が含まれる独自のものを、子どもの年齢に合わせて作り上げたという。
どんな歌を歌わせたい?
「うちの子どもにも歌わせたかったんだけど、かなわないうちに育ちきっちゃった。あのかわいかったころをもう一度」といった親視点に立ったものや、「ジャクソン5」のころのマイケル・ジャクソンを再現したい、「Folder5」デビュー時のような若い女の子にJ-POPを歌わせる、といったニーズもあるだろう、と佐々木氏は示唆する。
子どもの声質でありながら、VOCALOIDの持つ特質である、ピッチやリズムが外れないコントロールが可能なので、音楽の教科書に載っているような曲だけでなく、ポップスからクラブミュージック、子どもが読めない、理解できないような難しい内容の歌詞を歌わせることもできるはずだ。
逆に、子どもらしさを徹底的に再現することもできる。【4歳の娘が】ワールドイズマイン【頑張ったよ】を、VOCALOIDで再現させたケフィアPの【4歳のミクリンレンルカが】ワールドイズマイン【頑張ったよ】には、佐々木氏も衝撃を受けたという。偶然にもこの動画が出た時期は、「子どもVOCALOID」の最初の収録とほぼ一緒で、驚いたそうだ。
ニコニコ動画のタグとして定着している「みんなのミクうた」にあるような、童謡的なものは当然ありうるだろう。ただ、それだけにはとどまらず、例えばこれまでリスナー側であったおじいちゃん、おばあちゃんが子どもの歌声で歌曲を作る楽しみを覚えてくれたり、元音楽教師の方に、かつての生徒のように指導してもらう、といったことも考えられる。現在のVOCALOIDユーザーとはまた違った層が、「歌声を作り上げる」行為を楽しんでくれるかもしれない。
市場としてはまったくの未知数の「子どもVOCALOID」。このVOCALOIDがあったらいったいどんな歌が、どんな人たちから生まれてくるだろう。クリプトンが投じた「if」の小石はどんな波紋を描くのだろうか。
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