「無料モデル」は難しい 少なくとも「物語」においては(5/5 ページ)
コンテンツの「無料モデル」は成立するのか――絵本「えんとつ町のプペル」をめぐる“炎上”で改めて浮かび上がったこんな疑問を、作家の堀田純司さんが考察する。
今回の「えんとつ町のプペル」の無料公開時に言われた「お金の奴隷からの解放」という話も、大きくいえば「既存のエコシステムからの脱却」ということだと思うのですが、それは確かに一理ある。しかし現在のところ、新しい生態系、たとえば「感謝」を通貨にして回るようなシステムはまだ「確立されている」とは言い難い。
一方、無料公開するとクリエーターにお金が回らなくなるという批判も一理あると感じますが、しかし無料公開が個人の試みとして行われる限り、クリエーターを脅かすのは他の無料の娯楽。スマホゲームやSNS、そして海賊版のような違法コンテンツのほうがより大きいでしょう(先に述べたマンガ図書館Zも「海賊版対策」を、役割のひとつに挙げています)。
「有料」が築く新たな生態系
個人的には、新しい生態系を築いていくのは無料ではなく、「有料」ではないかと思います。
たとえばNTTソルマーレの「コミックシーモア」という電子書店サイト(CP)では、既存の出版社などからコンテンツの供給を受けつつ、自社オリジナル作品の製作も行ってきました。
こうした展開は、もともと他社の製品を販売していたセレクトショップが、やがて利益率の高いオリジナル品の販売をはじめた経緯とどこか似た感じがしますが、デジタルの厳しい販売管理に、紙の出版社の長所も取り込み、現在では「♂♀(レンアイ)生き残りゲーム」(蘭子)、「うそつき*ラブレター」(やまがたさとみ)など一般少女マンガのヒット作を出している。今では逆に、紙の出版社にコンテンツを供給するようにもなっています。
無料で物語をつくる営みは、どこかエクストリームなところがある。むしろ、そこで働く人も、クリエーターも、きちんと対価を得られて、システムが回る。そうした新しい生態系は、こうした「有料」側から出てくるのではないか。シーモアの取り組みを見ていると、そう感じます。
ちなみに。冒頭でふれた久米正雄は、実は彼自身が通俗小説の書き手だったのですが、その作品は今ではもう、あまり読まれることはない。むしろ「架空の話を書く作家をディスった人」として歴史に残ってしまいました(あと、微苦笑という言葉をはじめて使った人として)。作家としてそれが幸福なことなのかどうか。
とにかくアテンションを集めればいいのか。むしろじっくり作品と向き合うほうがいいのか。クリエーターの生き方を考える上で、彼は、現代に通じる課題を残した人になりました。
著者:堀田純司
作家。主な著書「僕とツンデレとハイデガー」「オッサンフォー」(以上講談社)。「メジャーを生み出す マーケティングを越えるクリエーター」(KADOKAWA)など、コンテンツ分野のノンフィクションも執筆している。近刊は「漫画編集、市場を拓く」(KADOKAWAより3月刊予定)。他の著者とともにオンラインサロン「この哲学がスゴい」をDMMにて運営している。日本漫画家協会員。
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