「早くイイ感じのAI作って」 むちゃぶり上司には“急がば回れ”で立ち向かえ!:きょうから始めるAI活用(3/3 ページ)
AIプロジェクトの担当者になったあなたは、どういった準備を進めていけばよいのだろうか。目標設定、データ準備が済み、いよいよPoCに取り掛かる。
AI導入プロジェクトにおいても同じことが言える。最近無数に出版されている「AI導入を成功させる本」のような書籍や、本書のような入門記事を読むのももちろん良いが、実体験に勝る知識はないだろう。つまり自分で手を動かしてみて、簡単なシステムを構築してみるのだ。
もちろん機械学習の研究者でも、AIシステムの開発者でもない以上、できることは限られているだろう。また勉強だけのプロジェクトに何千万円も投資して、優秀な専門家を教師として呼び寄せ、サポートしてもらうなどということができる企業は限られている(大規模なAI導入プロジェクトが結果として“高い教訓”になってしまったという場合はあるが)。
しかし基本的な仕組みを理解する程度であれば、簡単なAIシステムを組んでみるだけで十分だ。そして幸いなことに、ネットを通じて提供される各種のAIプラットフォームを活用することで、そうした簡単なシステムを安価かつ短期間で構築できる時代になっている。
「自社でできること」を知る
例えば、AIを活用したアプリケーションとしてよく企業から注目される「チャットbot」を開発する例を考えてみよう。既に大小さまざまなITベンダーから、レディーメードに近い形でのチャットbot製品が提供されているため、彼らを呼び寄せて開発をお任せしてしまうというのももちろん良いだろう。
しかしそれでは、ベンダー側にプロジェクトを主導され、運用時にも彼らに依存しなければならなくなってしまう。しかし簡単なチャットbotを作ってみることで、チャットbotを構築するアプローチにどのような種類があるのか、どの技術やアルゴリズムなら自社で運用までできそうか、そして本番稼働するバージョンを開発する際に何がネックになりそうかを、身をもって理解できる。
チャットbotを開発するツールとして、IT大手が提供するものだけでも、GoogleのDialogflow、AmazonのAmazon Lex、MicrosoftのBot Framework、IBMのWatson Assistantなどが挙げられる。いずれも社内で検証・利用する程度の手軽なものから、顧客向けに公開可能な本格的なものまで、さまざまなレベルのチャットbot開発に対応している。またシステムに必要な部品があらかじめ用意されているため、社内のIT人材だけでもある程度まで試せる。
いきなり大手ベンダーに開発を頼むと、既に多くの導入実績があるチャットbotとはいえ、最低でも数百万円程度の予算は覚悟しなければならない。しかし上記のようなサービスを自分たちで使ってみることで、ごくわずかなコストで実際の開発がどのようなものかを体験できる。そこでAI開発の基本となる知識を得て、ベンダーに対して適切な質問やチェックができるようになってからでも、本番向けシステムの開発に乗り出すのは遅くないだろう。
急がば回れ
AIだけでなく、話題先行で盛り上がる先端テクノロジーの場合、同業他社に遅れまいと、とにかく先へ先へと進もうとしてしまいがちだ。確かに先駆者になるというのは魅力的で、市場でいち早く優位な立場に立つことを可能にする。しかし土台がしっかりしていないと、付け焼き刃で手にした効果はすぐに消え去ってしまう。上司から「AI開発はまだ進まないのか?」「早く成果を出すイイ感じのAIを作ってくれ」などとせかされても、押さえるべきポイントはしっかり押さえないといけない。
遠回りなように感じられても、PoCや「自分で手を動かす」ステップを通じて、地道にプロジェクトを前に進めることが大事だ。「ウサギとカメ」の寓話ではないが、焦らずに一歩いっぽ歩んでいくことが、結局はゴールへの近道なのだ。
著者プロフィール:小林啓倫(こばやし あきひと)
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院地域研究研究科修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米Babson CollegeにてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』(ダン・アッカーマン著、白揚社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP社)など多数。
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