元フィギュアスケート選手とディープラーニングの華麗な出会い 「選手の役に立ちたい」社会人大学院生の挑戦:これからのAIの話をしよう(スケート編)(5/5 ページ)
プロでが見ても判断が分かれるフィギュアスケートの採点方法にAIを活用できないか? 元フィギュアスケート選手の廣澤聖士さんは、ジャンプの回転不足に着目して映像分析を進めている。
「フィギュアスケートでは、ジャッジが評価したものが“正解”になります。回転不足やスピンのレベルなど技術的難易度を評価するジャッジ、技の出来栄えや曲の解釈を判定するジャッジで役割が違うんです。技術の評価をするジャッジは3人いて、その中の多数決で決まります。全員の意見が一致することもあれば、分かれることもあるそうなのです。そこで意見が分かれていたら何が誤審なのかは分からないですよね」(廣澤さん)
体操のように、AIで採点をサポートするような可能性はないのでしょうか。廣澤さんは「全てを機械に採点させるのは難しいかもしれないですが、部分的には機械の方が得意なところがあるはずです」と強調します。
廣澤さんは、現役選手にも機械による判定について尋ねたそうです。
「技術的要素が強いジャンプの判定についてはAIを導入すべきという選手もいます。ただし、音楽との調和など芸術面を評価する演技構成点は人間がジャッジする方が適しているんじゃないかという意見をもらいました。僕自身もそう思います」(廣澤さん)
構成点を評価する場合、教師あり学習だったら何を正解と定義するかが難しく、教師なし学習でも分類されたところで評価の甲乙が付けがたいという課題が残ります。
廣澤さんは「後から滑る人の方が点数が上がりやすいとか、同じジャンプでもジャッジによって同じ点数になるわけでもないとか、そういう小さな矛盾も含めてフィギュアスケートなので、簡単に割り切れるものではないと思います」と説明します。
客観的な採点や選手の競技力向上などに期待が集まるAI判定ですが、AIで曖昧性をどこまで担保できるか、今後の動向に注目したいと思います。
取材後記
廣澤さんによると、米国ではスケート連盟と大学が手を取り合っていろいろな取り組みをしているそうです。果たして、この記事の公開後に日本スケート連盟から何らかのアクションはあるのでしょうか。
青木教授は「各競技を束ねている連盟によって、スポーツにおけるIT活用の温度感はかなり異なる」といいます。後援する企業、連盟だけでなく、指導者や現場のコーチングスタッフ、選手が同じ方向を向かなければ、AIどころかITの恩恵を受けることすら難しいのかもしれません。ラグビー、サッカー、野球、バレーボールなどは、早い段階からIT活用が進んでいる印象です。
青木教授は「AIがはき出したデータをどう活用するか考えないといけません。テクノロジーと現場をつなぐスポーツアナリストの役目はこれから大きく変わるでしょう」と述べましたが、私も同感です。
選手の成長を願わない指導者などいないのですから「このデータが選手育成にどれくらい重要か」を説明できる監督やコーチの育成が欠かせません。選手からも「テクノロジーを活用してより良い練習はできないだろうか?」という提案があって良いのかもしれません。
平成が終わり、間もなく令和の時代がやってきます。「平成って、人間の目で採点してたんだよ。そんな正確性に欠ける方法で技術のジャッジしてるとか、選手がかわいそうだよね」と言われる日はやってくるのでしょうか。
著者プロフィール:松本健太郎
株式会社デコム R&D部門マネージャー。 セイバーメトリクスなどのスポーツ分析は評判が高く、NHKに出演した経験もある。他にも政治、経済、文化などさまざまなデータをデジタル化し、分析・予測することを得意とする。 本業はインサイトを発見するためのデータアナリティクス手法を開発すること。
著者連絡先はこちら→kentaro.matsumoto@decom.org
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