私たちの命と健康はどう守られる? 医療界のAI活用例:よくわかる人工知能の基礎知識(4/4 ページ)
医療業界における国内外のAI活用事例を紹介。予防、診断、アフターケアの3つに活用例を整理した。
繊細な医療データを扱うときの注意点
こうして主な医療系AIを見てみるだけでも、いかにAIが私たちの健康維持・促進に大きく貢献する可能性があるか分かるだろう。ただそれを実現するには、乗り越えなければならないハードルがある。
その一つとして無視できないのが、個人の同意に基づかない診断行為をどう抑制するかという問題だ。前述の通り、人間の人体に関するデータは個人情報と密接に関わるため、取り扱いに注意しないといけない。
米国とイスラエルに拠点を置くスタートアップのFDNAが開発した「Face2Gene」というアプリがある。これは人間の顔を撮影するだけで、AIがさまざまな遺伝性疾患を持つ患者の顔の画像データと比較し、病気の有無を診断してくれるというもの。今は人間の医師のサポートが必要だが、遺伝性疾患の早期発見に役立つと期待されており、実際に自閉症スペクトラム障害の幼児を高い精度で特定できたという研究結果もある。
こうした技術を使えば、自覚症状のない患者でも病気を早期発見できる可能性がある。しかし、表情やしゃべり方などのささいな情報からAIが病気を診断できるようになれば、自分の知らない所で勝手に病気が第三者に把握されてしまうリスクもある。私たちのデータの取り扱いについては、就職情報サイト大手の「リクナビ」の「内定辞退率」予測が問題になったことが記憶に新しい。
今年の夏、リクナビを運営するリクルートキャリアが、学生の「内定辞退率」を割り出し、学生の同意なく企業に販売していたことが発覚し、大きな騒ぎとなった。データの提供先には、トヨタ自動車などの大企業も含まれていた。
Face2Geneのような技術を活用すれば、例えば就活生の同意なく健康上・精神上の「懸念」がないかをAIで判断するという“第二のリクナビ問題”が起きる可能性もあり得るだろう。
採用などの人事活動において、企業がデータ分析やAIをどう取り入れ、どう公正を保つべきかについては、多くの人事関連組織や団体で議論が進みつつある。医療系AIをどう活用するかというテーマについても、医療関係者だけでなく、関連分野の専門家や担当者によって議論される必要があるだろう。
健康という、私たちにとって欠かすことのできない価値を守るために発展したはずのAIが、逆に私たちを見えない形で支配する――そのような未来を防ぐためにも、医療分野におけるAIの活用は、社会を構成する全員で注視していかなければならない。
著者プロフィール:小林啓倫(こばやし あきひと)
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院地域研究研究科修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米Babson CollegeにてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』(ダン・アッカーマン著、白揚社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP社)など多数。
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