お久しぶりか、初めましてか――“AI美空ひばり”に見る「デジタル故人」との付き合い方(2/2 ページ)
デジタル技術を使って故人の歌声や思考パターンを再現することが実現できる世の中となってきた。そうして復元された故人と、どう向きあえばいいのだろうか。デジタル遺品や、故人とデジタルの関係を10年以上追いかけているライターが考える。
追憶は、故人とのやりとりを思い出す行為だ。自分の中にある故人との思い出を想起したり、共通する友人と語り合うことで故人をしのんだりする。故人ゆかりの土地に出向いたり、生前の仕事に触れたりすることも含まれるかもしれない。そうしたアプローチは、故人の過去と向き合う弔いのスタイルといえるだろう。
対して、リアルタイムな向き合い方は宗教的・精神的なアプローチが多い。お墓や仏壇の前で手を合わせたとき、多くの人は“今の故人”に語りかけているはずだ。東北地方にはイタコやオガミサマなど巫女による「口寄せ」の風習があり、故人の霊を降ろしてコミュニケーションする。これも現在進行形のやりとりといえる。
AI美空ひばりや故人のアバターなどは、このうちリアルタイム型に該当しそうだ。何しろリアルタイムで歌うし、チャットしたりできる。スタイルとしては口寄せにかなり近い。
では、口寄せとAI美空ひばり的な存在との差異はどこにあるのだろう? 前者には地域の伝統という重みがあって、後者には故人が残した痕跡を根拠にアウトプットしたという裏付けがある。けれど、コミュニケーションという面でいえば、最大の差は具体性の違いだろう。
墓前に手を合わせて心に浮かんだ故人の姿に向かって語りかけるよりも、巫女の身体を通して故人の口ぶりや身ぶりを目の当たりにするほうが具体的だ。さらに、ディープラーニング等で実際の歌声からサンプリングしたり、生前のつぶやきから語彙を収集したりしたアウトプットのほうが具体的だ。
具体性が増していくほど、リアリティーを感じやすくなる反面、実物と異なるうそやごまかしが目立つようになる。それによって不気味の谷現象や死者への冒とくを感じることもあるだろう。余談ながら、東北地方出身の知人は、口寄せの際に巫女が降ろした当人の名前の読み方を間違えてしゃべり続けたため途中で笑ってしまったと話していた。
今後、デジタル技術が進化してサンプリングできる生前の記録が増えていけば、具体性を高めながら違和感を小さくしていけるかもしれない。それでも唯一消えないのは、「故人は亡くなっていて、再現している存在は故人ではない」という事実だ。そこをごまかしたり装ったりすると、たちまち拒絶反応が強くなる。
AI美空ひばりが曲間で話した「お久しぶりです。あなたのことをずっと見ていましたよ」は、明確なうそといえる。仮に死後の世界が存在したとして、霊的な美空ひばりがファンを見守り続けていたとしても、その魂がAI美空ひばりに降りてきた裏付けは何もない。あの言葉さえもう少し慎重に検討していたら、違和感を持つ人を今よりも減らせていたのではないかと個人的には思う。
復活する故人、対話しなくても意味はある
ただ、故人のアバターを故人そのものの代わりとして捉えるのではなく、故人が蓄積したアウトプットの一部として向き合うのであれば、不気味の谷などを気にせずに割り切って有効利用できるはずだ。前述のAugmented Eternityなどは、まさにそうしたコンセプトで開発されているものだろう。AI美空ひばりも、美空ひばりの歌唱力再現ツールと考えると、実用的な能力を遺憾なく発揮している。
これからの人間は、後世に無形の遺品を多く残せるようになる。実際、さまざまな分野で熟練の職人技がデータ化されている。そうした技の所有権が誰のものになるのかといった点は議論の余地があると思うが、その前段階として故人の人格と故人の技術を棲み分けて考えることを一般化させる必要があるだろう。
故人の優れた技術や人となりが再現できること自体は良いことだと思う。けれど、それは故人とは別の存在。「故人の復活」をうたう動きには少し警戒しておく必要がありそうだ。
プロフィール
古田雄介
1977年名古屋生まれ。2004年からITmedia PC USERにて「古田雄介のアキバPickUP!」を連載中。2010年からデジタルと死生の関係性を追いかけている。2020年1月に『スマホの「中身」も遺品です』(中公新書ラクレ)を刊行。自サイトは古田雄介のサイト。
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