通信インフラの監視やコーディングも自動化 情報・通信業界のAI活用:よくわかる人工知能の基礎知識(3/3 ページ)
情報・通信業界ではどのようにAIが活用されているのか。顧客対応、通信インフラの監視など、さまざまな領域での事例を整理する。
通信インフラの監視もAIで
AIの使い道として期待されている領域の一つに、「人間ではカバーするのが大変な規模の領域を監視し、人間では見つけることが難しいささいな問題の兆候を見つける」というものがある。例えば金融機関における不正な取引の監視などで、疲れ知らずで小さな異常も見逃さないAIは、大きな効果をあげている。
通信業界においても、同じ使い道が期待されている。その一つは、金融業界と同じような不正な取引の監視だが、もう一つは彼らにとってより根本的な問題である「通信インフラの監視」だ。
いくら顧客への対応を改善して彼らの満足度を上げても、通信サービス自体が停止してしまっては元も子もない。完全に停止しなくても、利用者の集中による通信の遅延が発生すれば、顧客満足度は大きく下がってしまう。そこで通信業界では、インフラから得られた膨大なデータをAIで解析することで、設備の故障を事前に察知して手を打ったり、あるいは増強をして将来のアクセス集中に備えたりといった対応が行われるようになっている。
例えばソフトバンクモバイルでは、ネットワーク監視にIBMの「Watson」を活用している。これは17年の「Watson Summit」で発表された事例で、それによると同社はネットワークの監視システムから上がってくるアラームを、Watsonの自然言語分類機能を使って解析。それによって警告の内容を把握し、重要度と関連度でスコアリングした上で、対応すべきアラームの原因や対応手順まで提示されるようにした。
従来は、アラームを目視して原因を特定し、対応手順を検索するという作業に平均23分掛かっていたが、Watson導入後はアラートの発生から対応までの時間が10分の1に短縮できたという。
ドコモも同様に、インフラの監視・維持にAIを活用しており、ネットワーク障害の原因を特定するAIを開発している。同社によれば、これにより原因分析に掛かる時間を数秒程度にまで短縮できるそうだ。
こうした異常や障害への対応と同時に、AIを使ったネットワーク最適化の取り組みも進んでいる。既に端末や基地局から集められたデータを分析し、システムが自律的に最適化を行うネットワークである「SON」(Self-Organizing Network)という仕組みが通信インフラに導入されているが、AIはこのネットワークによる自己分析・自己最適化をより高度なものにすると期待されている。
通信で得られたデータの応用
通信業界では日々膨大なトランザクションデータが生まれており、携帯端末の重要性が上がることで、そうしたトランザクションデータから把握できる情報がますます高度化・詳細化している。そこにAIを加えたさまざまなサービスが開発されている。
例えばドコモでは、ネットワークの運用データに基づいて「モバイル空間統計」を作成している。これは一種の人口統計で、これまで最短2日前の人口分布を性別・年代別・居住地別で1時間ごとに提供していた。
ドコモはこのリアルタイム版の開発を進めており、「国内人口分布統計(リアルタイム版)」として20年1月22日からサービスを提供すると発表している。それによれば、最短1時間前の人口統計情報を、10分ごとに提供できるようになるそうだ。
このリアルタイムの人口統計とAI技術を組み合わせ、東京湾アクアラインの渋滞を予知するという実証実験が行われている。これは17年12月から、東日本高速道路(NEXCO東日本)とNTTデータが共同で実施しているもので、東京湾アクアラインの上り線(川崎方面)の渋滞を、昼の房総半島の人口分布から予測するというもの。
既に高い精度での予測が可能なことが確認されており、この「AI渋滞予知」の結果は、NEXCO東日本の高速道路情報サイト「ドラぷら」を通じて、一般ドライバーにも提供されている。
さらにドコモでは、こうした混雑状況の予測を、人間に対しても行おうとしている。繁華街など特定の地域が混雑することを予測して、売れそうな商品を多めに仕入れる(あるいは余分な商品の仕入れを減らしてフードロスなどを回避する)といった企業による活用や、誘導などを行う職員や警備員の数を増やすといった自治体による活用が想定されている。
研究者の中には、将来的には個人単位でも高い精度での移動予測ができるようになると考えている人もいるが、そうなれば「雨が降りそうな地域への移動を予測して傘を持つように提案する」「インフルエンザが流行しそうな地域への移動を予測してマスクの着用を警告する」などのサービスの提供も可能になるだろう。
情報・通信業界はAI技術や、AIプロダクト・サービスを他業界が導入する際の土台を構築・提供する立場にある一方で、自らもその活用と進化をけん引する立場にある。彼らがAIに対してどのようなアプローチを取っているかは、他の業界にとっても大きな参考になるはずだ。
著者プロフィール:小林啓倫(こばやし あきひと)
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院地域研究研究科修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米Babson CollegeにてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』(ダン・アッカーマン著、白揚社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP社)など多数。
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