AIを使った人事評価は「ブラックボックス」 日本IBMの労組が反発、学習データなど開示求める
日本IBMが2019年夏に始めた、「Watson」を使って従業員の人事評価と賃金を決める施策に、同社の労働組合が反発。労組は「判断の過程がブラックボックス化している」として仕組みの開示を求めたが、日本IBMは拒否したという。労組は4月3日付で東京都労働委員会に救済を申し立て、正式に受理された。
日本アイ・ビー・エム(IBM)と子会社などの従業員約120人による労働組合「JMITU日本アイビーエム支部」(JMITU)が、同社のAI「Watson」を使った人事評価や賃金決定の施策に対し、「判断の過程がブラックボックス化している」などと反発していることが分かった。JMITUは、Watsonの学習データの開示などをIBMに求めたが、同社はこれを拒否。現在も解決に至っていない。
JMITUは「団体交渉に誠実に応じないのは違法(労働組合法7条が禁止する不当労働行為)」と主張し、4月3日付で東京都労働委員会に救済を申し立てている。都労委は申し立てを正式に受理しており、解決に向けた調整に入るとしている。
IBMは19年8月からWatson導入
JMITUによると、IBMは2019年8月に、AIを活用した人事評価ツール「IBM Compensation Advisor with Watson」(Watson)を社内に導入したと社員に告知。個人の成績、スキル、職務内容、現在の給与などを分析対象にして人事評価を算出し、評価者である上司の判断に役立てるとした。成績が一定の水準を満たさなかった社員や、成績の改善がみられなかった社員は減額の対象になるという。
IBMはその後、19年9月1日付の給与調整からWatsonの運用を始めた。導入後、社員の給与がどう変わったかについては明らかにしていない。
この導入・運用の流れについて、JMITU書記長の杉野憲作氏は「社員は事前に同意しておらず、会社が一方的に発表した」と指摘。IBM側は、Watsonが学習したデータの詳細、評価のポイント、上長の判断への影響度などを公開していないため、杉野氏らは開示するよう働きかけてきたという。
IBMは「開示を前提とせず」
こうした開示要求に対し、IBMは「(Watsonは)給与調整プランニングをサポートするツールであり、ツールに示された一つ一つの情報をそのまま社員に開示することを前提としない」(JMITUの資料より)と述べ、回答を拒否してきたという。そのためJMITUは「(IBMが)団体交渉に応じない」と判断し、都労委に救済を申し立てた。
ITmedia NEWSはIBMに、(1)JMITUによる「団体交渉に応じていない」との指摘が事実か、(2)Watson導入時に社員の同意を得たか、(3)JMITUによる救済申し立ての内容を確認したか、(4)今後、どのような対応を取るのか――などを質問したが、同社の人事部門は「今は回答できかねる」と述べた。
Watsonが労働組合員を差別?
JMITUはこれまで、IBMへの賃上げ交渉なども行ってきた。そのため、詳細なスキームが明らかにされないことで、組合員のネガティブなデータが人事評価の分析対象に組み込まれ、Watsonの判定結果にバイアスがかかることを危惧しているという。
JMITUは報道関係者に公表した資料の中で、米Amazon.comが人材採用で使った機械学習システムが、女性差別を助長するとして18年に運用中止に至ったことなどを例示し、「Watsonが労働組合員を差別する可能性を否定できない」と指摘している。
HR Techの“負の側面”が浮き彫りに
ただし、Watsonによる人事評価にIBMの全社員が反発しているとはいえず、都労委が仲裁する形での議論もまだ始まっていない。そのため、JMITUの主張だけを根拠に、IBMの手法が誤りだとは現時点では断言できない。
だが今回の論争は、人事業務を効率化する手段として期待される「HR Tech」の活用が、雇用主と従業員のもめ事の原因になり得るという“負の側面”を浮き彫りにした。両者の対立関係は今後、どのような展開をたどり、業界にどんな影響をもたらすのか。
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