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AirPods Maxが示す“高級ワイヤレスヘッドフォン”という可能性(2/2 ページ)

Appleの「AirPods Max」が日本でも12月18日から出荷される。6万1800円(税別)という価格はワイヤレスヘッドフォンとしてはかなり高価だが、その音質は? オーディオビジュアル評論家としても活躍している本田雅一氏がリポート。

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 Macユーザーなら手持ちのハイレゾ音声ファイルをApple Digital Mastersの品質で圧縮できるので、聞き比べてみると早い。ハイレゾのマスターファイルが持つダイナミックレンジをかなり忠実に再現できることが確認できる。

 なお、Apple Digital Mastersは256kbpsでエンコードを行うが、AirPods Maxへの伝送ビットレートがどの程度なのかは公開されていない。Appleも「この技術を使っているからワイヤレスでも音が良い」とは訴求していない。

 しかしAirPods MaxをAndroid端末と組み合わせたとき、広域のレンジが狭く感じられるケースもあり、上記の技術をOSに組み込んだ成果は現れていると思う(AACエンコーダーはメーカーごとに異なるものが組み込まれているのでAndroidとの組み合わせでは、それぞれの音質がかなり異なる)。

 音質は結果が全て。まずは固定観念を捨てて評価するべきだ。AirPods MaxのAAC伝送については、そばに置いておきたいと思う程度には高音質だと思う。

シンプルで深みのある音

 Appleは、メカニカルな部分の情報はあまり公開していない。40mm径のドライバーユニットはポータブル製品としては大きいが、高音質ヘッドフォンとしては決して大型というわけではない。


ドライバーユニットは40mm径

 Appleはリング型のネオジムマグネットを大小同軸に配置し、その隙間にボイスコイルを挿入する磁気回路を採用した。高音質スピーカーにはよくある構造だが、ヘッドフォン用ドライバーは小さく、またダイアフラム(振動板)も小さく軽いため、よほど大口径の高級モデルでしか採用されない。生産性も低く、コストも高くなる構成だ。

 目的は、高トルクでダイアフラムを駆動することで高いリニアリティーを実現するため。ダイアフラムの素材やコーティングの有無、リード線の素材などは未公開だが、全域にわたり最大音量時でも高調波歪(ひず)みを1%以内に抑えたという。

 こうした性能も内蔵するアンプやデジタル回路部の輻射ノイズ処理が伴っていないと台無しだが、実際のAirPods Maxは極めてクリアでくもりを感じさせない。余分な付帯音をきれいに削ぎ落とした音だ。

 世の中にはクリアだけど情報量が足りないヘッドフォンも多くある。余計な音を削ぎ落とした結果、必要な音まで失ってしまったチューニングの例だが、それもAirPods Maxには当てはまらない。

 例えば編成の少ないクラシックの室内楽をかけてみると、1つ1つの楽器から生まれる直接音とホールトーン、楽器の音が混じり合い調和する様子や、演奏者の息づかいや動きの気配まで感じられる。歪み成分を抑えるために無理なチューニングを行ったデバイスは、総じてそうした情報を失いがちだが、AirPods Maxに関しては問題はないようだ。

 一方でアダプティブイコライザーの採用により正確な駆動ができているという低音。この低音の深みこそが、AirPods Maxの良さを表現する部分だ。

 The Weekendのヒット曲である「Blinding Lights」は、音場全体を包み込むようなサウンドと深みのあるベースの表情が特長だが、ベースの再生能力が低いと単調な音にしか聞こえない。対してAirPods Maxは頭の周囲を取り囲むように複雑なベース音が音場全体に充満する。そうした中でもボーカルは明るく際立つ。

 高域のノイズ感、歪み感が少ないことは、ジャズ系のアレンジで確認できる。Shelby Lynnの「Just a little lovin’」のハイレゾファイルをApple Digital Mastersで圧縮し、iPhoneに転送して聞いたところ、出だしのベース音やキックドラムの表現力や解像度もさることながら、スネアのリムショットのリアリティと気持ちの良いリバーブに素性の良さが垣間見えた。

 しかし、音の傾向は? と聞かれるとと良い言葉が思いつかない。というのもニュートラルな音だからだ。情熱的ではなく、また冷徹でもない。もっとも近い音といえば、マスタリングスタジオで聞く音だろうか。

 マスタリングスタジオは部屋の主ごとに若干のキャラクターはあるものの、基本的にニュートラルで余分な味付けがない。だからといって音楽的に楽しくないというわけではない。なぜならアーティスト自身がその仕上がりを最終的に確認する場所だからだ。

新しい領域へのチャレンジ

 Appleにとっても、AirPods Maxはチャレンジなのかもしれない。

 ピュアにオーディオを追求する層の視点で見ると、AirPods Maxは不確実な要素が多すぎて音質評価を鵜呑みにはできないと感じるかもしれない。ただ、前述した伝送コーデックの話は一例に過ぎない。今後、製品が登場すればオーディオにこだわる層がどう反応するのかが見えてくると思うが、筆者はワイヤレスとノイズキャンセリングという2つの機能は音楽をより純粋に、どこでも楽しむために必須になってくるだろうと感じた。

 優れた精度で音楽の情報をスポイルしないノイズキャンセリングやアダプティブイコライザーなどの信号処理があれば、ストイックに音質を追求しなくても多くの人がスタジオに近い音楽を体験できる。さらに空間オーディオによるサラウンド機能(こちらは対応アプリが限られているという問題は残る)が加われば、高級ワイヤレスヘッドフォンというジャンルを確立し、他メーカーが追随することも期待できるかもしれない。AirPods Maxには、そうした市場を生み出すような潜在的な力がある。

 金曜日以降、AirPods Maxを手に入れた人たちがどのように反応するのか。否定的、肯定的、両方の意見が出てくることを一人のオーディオファンとして期待している。

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