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離職率と人の育て方の関係小寺信良のIT大作戦(2/2 ページ)

ブラックな職場経験のある小寺信良さんが昨今の人材育成事情を考える。

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終身雇用崩壊時代に求められる、よき上司

 ビジネスマネジメントのセミナーでは、部下の育成について目標を高く持たせろ、叱らずほめろ、自分で答えを見つけさせろなどなどのノウハウが伝授されるそうだが、世の中優しくなったんだなあと思う。もっともこれができていないからセミナーに人が集まるわけで、実際には優しくはなっていないということなのかもしれないが。

 とはいえ現在の日本は、圧倒的に人が足りない。2013年を境に人材不足が続いており、特に中小企業の不足感は2019年の段階でマイナス39%と、かなり深刻な状況にある。

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企業規模別にみた雇用人員判断D.I.の推移(厚生労働省 令和元年版「労働経済の分析−人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について」より引用)

 今の世の中、優秀な人材を確保し、離職率を下げるには、よい上司でいなければならない。だが部下に長く働いてもらいたくても、終身雇用制度はない、自分もいつまでそこで働くか分からないという矛盾を抱えて一体どうしろと……と苦悩している人は多いだろう。

 離職率がダントツに高かった昔のテレビ業界の経験からすれば、会社を辞めない理由として、短期的には賃金のアップは効果がある。筆者が最初の会社を4年務めたあと、辞めたいと申し出たとき、当時の副社長が机の上に勤務評定を叩(たた)きつけ、「で、オマエいくら欲しいんだ?」と聞かれたのは、今となっては良い思い出である。「これをみるとせいぜい2000〜3000円(月額)だな」と言われたので、迷うことなく退職しますと答えた。

 ではなぜそれまで退職しなかったかというと、仕事は面白かったからである。だが、面白ければ給料が安くていいわけではない。仕事のやりがい、働きがいによって低賃金で労働させるのは、「やりがい搾取」以外の何ものでもない。多かれ少なかれ会社組織は労働力の搾取によって成り立つものだが、妥当なバランスや時代の水準はそれなりに存在する。筆者などいくらでも代わりがいる雑草のようなものだったのだろうが、雑草も絞りすぎれば枯れてしまう。

 もちろんその会社も今は名前も変わり、経営陣も刷新され、こうしたこともすべて昔話となった。テレビ業界全体も、だいぶブラック色は薄れて今はライトグレーぐらいまでには改善されたと聞く。

 会社を辞めない効果が見込める他の手段としては、早めに地位や権限を与える方法がある。当時テレビ業界は全員が若かったので、30歳前後にして部長や課長、あるいは設備投資の大金を動かせる役職に付くケースが多かった。それが余裕でこなせるほど優秀な人材なら結構だが、死にそうな顔をして風呂にも入れてないような上司をみて、部下は将来ああなりたいとは思わないだろう。自分のロールモデルとなる先輩がいない会社に、人は定着しない。

 社員を定年まで面倒をみる気がなくなった企業が、優秀な人材を短期間に育てるよう管理職に求めるというのは、ちょっとムシが良すぎるような気がする。それはちょうど絞りがいのある年齢の人材をどんどん使い潰(つぶ)してグルグル回していきたいというだけなのではないのか。

 40年前のテレビ業界もひどかったが、今の社会もなかなかにひどいだろうと思ってしまう。

 2014年頃、YouTubeのキャンペーンとして「好きなことで、生きていく」という広告が大量投下されたことがある。これは当時子どもがなりたい職業としてバカにされてきた、YouTuberという生き方の肯定であったのかもしれない。だが当時の子どもたちには、面白くない仕事や好きではない仕事を、生活のためや社会のために働くことに価値がない、少なくとも自分はその役をやらなくていいといった形に刺さった。これは罪深い。

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好きなことで、生きていく

 当時の中学生が、今新卒の社会人になるころだ。今の管理職はそういう子たちを相手に、つまらない仕事でも成果を上げれば面白いんだ、やりがいを見つけるんだと納得させなければならない。しかし仕事はゲームのように単純にはできていない。軽い仕事をこなしたからといって、ファンファーレがなってレベルが上がったりゴールドが増えたり強い武器や魔法が使えたりするわけではない。

 今の管理職のみなさんには、心から同情する。

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