実現が近づく「給与デジタル払い」とは何か 得をするのは誰なのか(3/3 ページ)
給与を「○○Pay」などのキャッシュレス決済サービスで支払う「給与デジタル払い」。政府は2021年度の早期に給与デジタル払いを制度化する方針だが、事業者、雇用者、労働者にはどんな影響があるのか。
雇用側には「日払い」「週払い」がしやすいメリット
雇い主側の企業には、給与の週払いや日払いをしやすくなるメリットがあるだろう。現在、給与は銀行口座に毎月振り込む場合はほとんどだ。このやり方が主流化した背景には、給与は最低でも毎月1回以上支払う必要がある一方、銀行口座への振り込みには手数料が発生するという事情がある。
一方でデジタル給与払いでは、雇い主側が自身のアカウントから同じサービスを使う労働者のアカウントに送金する場合、基本的に手数料がかからない。銀行の口座間で送金する場合、同一行内でない限りは全銀システムを経由することになるため、ほとんどのケースで手数料が発生する。資金移動業者が提供するサービスの場合は、送金しても「残高の移し替え」という扱いになるため、銀行のようなシステム利用料が発生しない。
一部の企業では、交通費精算や手当の支給に〇〇Payを活用する例も出てきている。これらの支払いは労働基準法で規制されておらず、現時点でも行えるためだ。
例えばLINEは交通費を「LINE Pay」で支払う取り組みを行っている。またソフトバンクグループは、社員に対する「ニューノーマル支援特別一時金」の支給を「PayPay」で行った。ソフトバンクグループのケースでは、20万円の手当のうち、10万円は現金で全員に支給し、残り10万円については、PayPayアカウントを提示した社員のみに支払ったという。
労働者には「雇い主の悪用」リスクも
労働者側は雇い主側と同じく、月払い以外の方法で給料を受け取れるようになるメリットがあるだろう。一方で、いくつかのデメリットが発生する可能性も考えられる。
まず、雇い主側が給与の支払いをデジタル払いに限定し、特定のサービス以外での受け取りを拒否する可能性だ。厚労省の審議会ではこの問題に関する議論が行われており「強制されない仕組みが必要」との認識を示している。
実際、現状においても給与の振り込み先となる銀行支店が限定されるケースが少なからず存在しており、これが「給与デジタル払い」でも発生しないという保証はない。実際の制度化までに議論が進むことに期待したい。
もう一つが資産保全の問題だ。銀行口座であれば、銀行が破綻したとしても預金者1人当たり最大1000万円までの預金と破綻日までの利息が預金保険制度で保証されている。しかし、資金移動業者の場合は「どこまで預金が保護されるのか」「破綻から払い戻しまでの手順や期間はどうなるのか」といった課題が残る。
これらが整備されなければ、仮に資金移動業者が破綻した場合でも、預金者に十分な補償が行われないことになる。厚労省の書類によれば、口座残高の一定額(最大100万円)を早期に支払う仕組みを検討中という。
安全性の議論は進むも、労働者側の使い勝手には課題か
事業者、雇い主、労働者にさまざまな影響を与えるデジタル給与。安心して使えるかどうか不安視する声もあるが、資産保全などに関する厚労省の議論を見るに、安全性については制度化までに何らかの対策が打たれる可能性が高いとみている。
一方で労働者側の使い勝手に関しては、資金移動業者のさらなる努力が必要になるだろう。現状、資金移動事業者のサービスは、決済に利用できるといっても最大で数万円程度の支払いが中心で、家賃や公共料金の引き落とし、請求書払いなど、銀行口座ほどの使い勝手を実現できている例は多くない。
雇い主からすれば、労働者側にシステムを周知する手間がかかるうえに、給与支払いに関するフローを大幅に変更する必要もある。そのため、仮にデジタル給与が実現したとしても、ソフトバンクグループやLINEのように部分的に導入するケースがほとんどで、メインの支払い手段として選択する企業はそこまで多くないのではないと筆者は考えている。
とはいえ、1人当たり数十万円単位の残高が定期的にたまるとなれば、資金移動業者のサービスも状況に合わせた形で変わらざるを得ないはずだ。最初の数年間で先行導入事例から問題点を洗い出し、調整を進めていけば、5〜10年後には導入企業を増やしていけるのではないか。
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