脳に貼り付ける高性能センサー、解像度は従来の100倍 将来的には無線化で埋め込みも:Innovative Tech
米カリフォルニア大学サンディエゴ校、米Oregon Health and Science University、米マサチューセッツ総合病院による研究チームは、1024個または2048個の皮質脳波記録センサーを高密度に配列した、薄くて柔軟なグリッドを開発した。
Innovative Tech:
このコーナーでは、テクノロジーの最新研究を紹介するWebメディア「Seamless」を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
米カリフォルニア大学サンディエゴ校、米Oregon Health and Science University、米マサチューセッツ総合病院による研究チームが開発した「Human brain mapping with multithousand-channel PtNRGrids resolves spatiotemporal dynamics」は、1024個または2048個の皮質脳波記録 (ElectroCorticoGram 、ECoG)センサーを高密度に配列した、薄くて柔軟なシート状の電極(グリッド)だ。
脳の表面に貼り付け、脳の電気信号を捉える。現在手術によく使われているECoGグリッドのセンサー数は16〜64個、研究用でも256個を考えると、現在の100倍の解像度で脳の電気信号を取得できるという。
ECoGグリッドを使った脳信号を捉える手法は、頭蓋の下と脳表面との間にECoGグリッドを配置して大脳皮質表面から計測するというものだ。頭の上でもなく、脳の内部に浸透するわけでもなく、その間のアプローチといえる。すでに外科医が脳腫瘍の除去や、薬や他の治療に反応しない人のてんかんの治療を行う際のツールとして一般的に使用されている。
このアプローチにおいて、高解像度の脳信号を記録できるようになれば、外科医は、健康な脳組織へのダメージを最小限に抑えながら、脳腫瘍を多く除去できる。てんかんの場合は、脳信号をより高解像度で記録できるようになれば、てんかん発作が発生している脳領域を外科医が正確に特定できるようになり、発作の発生に関与していない近隣の脳領域に手を加えることなく、その領域を取り除くことができる。
今回は、このような利点がある、より高い空間分解能と大脳皮質の範囲の拡大を目指した薄型ECoGグリッドの開発を行う。このECoGグリッドは、Microelectromechanical systems(MEMS)技術と、新たに開発した生体適合性の高いプラチナロッド(PtNR)を利用する。
脳内の神経細胞の電気的活動を記録するためにプラチナベースのセンサーを使用することは新しくないが、ナノスケールの棒というのは新しい。ナノロッドの形状は、平らなプラチナセンサーよりも検出表面積が大きく、センサーの感度を高めるのに役立つという。
ECoGグリッドは、18×18平方cmの基板上に電極アレイを組み込んで作る。センシングエリアは8×8平方cm(2048チャンネル)と3×13平方cm(1024チャンネル)。パリレンと呼ばれる透明で柔らかい生体適合性材料に埋め込まれており、厚さ10マイクロメートルで、臨床的に認められている厚さ1mmのECoGグリッドの100倍の薄さをほこる。
電気信号は、脳から脳脊髄液を通り、パリレンの中に埋め込まれたプラチナナノロッドの露出した表面に到達する。
実験では、19人の被験者から得た1024チャンネルのPtNRグリッドと、1人の被験者から得た2048チャンネルのPtNRグリッドを使って、人間の記録を行った。結果、把持作業を行っている覚醒状態の患者の大脳皮質表面からの微細で複雑な信号を捉えることに成功した。さらに、てんかん手術を受けている患者のてんかん放電の空間的な広がりや動きを1mmの空間分解能で識別した。
長期的な計画としては、このECoGグリッドのワイヤレス版を開発し、難治性てんかん患者の脳のモニタリングに最大30日間使用できるようにしたいという。また、パーキンソン病や本態性振戦、ジストニアなど、電気刺激による治療が可能なまひやその他の神経変性疾患を患う人々の生活の質を向上させるために、埋め込むアプローチの可能性も模索したいという。
Source and Image Credits: Youngbin Tchoe, Andrew M. Bourhis, Daniel R. Cleary, Brittany Stedelin, Jihwan Lee, aren J. Tonsfeldt, Erik C. Brown, Dominic A. Siler, Angelique C. Paulk, Jimmy C. Yang, Hongseok Oh, Yun Goo Ro, Keundong Lee, Samantha M. Russman, Mehran Ganji, Ian Galton, Sharona Ben-Haim, Ahmed M. Raslan, and Shadi A. Dayeh. “Human brain mapping with multithousand-channel PtNRGrids resolves spatiotemporal dynamics” SCIENCE TRANSLATIONAL MEDICINE. 19 Jan 2022, Vol 14, Issue 628. DOI: 10.1126/scitranslmed.abj1441
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