「個人に数値目標を定めない」がSaaS解約率を抑えるカギに 継続率99%以上のSmartHRに聞くカスタマーサクセス戦略(1/2 ページ)
月3%未満を維持すべきといわれるSaaSビジネスの指標「解約率」を1%以下に維持するSmartHR。組織が急拡大し、試行錯誤が続いているにもかかわらず解約率を抑えられる背景には「個人に数値目標を定めない」などの工夫が隠れていた。
SaaSビジネスの中でも重要な指標である解約率(チャーンレート)。サービスの成長には、月3%未満を維持すべきといわれる。数値のコントロールに悩む企業も少なくない中、人事労務SaaSを提供するSmartHRはこの指標を継続して1%以下に保っているという。
過去の記事では、同社の芹澤雅人CEOに、指標を追う上での戦略を聞いた。一方で、この数値は経営陣の力だけで成り立っているものではない。SmartHRでは、カスタマーサクセス部門が中心となって、有料オプションなどによる利益や解約率を追いかけている。
そこで今回は、SmartHRの解約率を抑える現場の工夫を、同社の稲船祐介さん(カスタマーサクセスグループマネージャー)と橋本香里さん(東京CSチーフ)に聞いた。
2人によれば、SmartHRのカスタマーサクセス組織はここ2年で急拡大しており、40人程度だった人数も倍近くになったという。これに伴い、体制作りなどで日々試行錯誤が続くものの、KPI設計を工夫したり、蓄積した顧客のデータを活用したりすることで、解約率の維持を実現しているという。
膨らむSmartHRのカスタマーサクセス部門
そもそもカスタマーサクセスとは「顧客の成功」を目的に、サービスを通して顧客をより良い状態に導いていく考え方や、それを実践する業務、職種のことだ。自社サービスを使うユーザーに成功してもらえれば、継続利用やプランのアップグレード、有料オプションの導入を促すことができ、SaaSベンダーにとっても定期収益の向上につながる。
人数が倍近くになったのは、このカスタマーサクセスを担当する部署「カスタマーサクセスグループ」だ。22年2月時点では80人以上が所属。メンバーは東京・関西・東海・九州など拠点別のチームに分かれ、セールス担当者と連携を取りながら顧客の支援に取り組んでいるという。
チームは他にも存在する。例えば2020年に事業拡大に伴って新設した「エンタープライズプロジェクトユニット」は、従業員数が10万人を超えるような大企業に対して導入支援などを行う他、カスタマーサクセス全体の業務プロセスの構築・改善を担うチームや、ウェビナーやメールマガジンといったコンテンツ企画を担うチームもいるという。
「個人に数値目標を定めない」 顧客の成功を見据えたKPIの工夫
SmartHRのカスタマーサクセスグループが、解約率の維持に向けて重視していることは大きく分けて4つある。
1つ目はKPIの策定だ。カスタマーサクセスグループでは基本的に、解約率などについてチーム単位では定量的な目標を持つものの、メンバー個人には定性的な目標しか定めていないという。個人に数値目標を定めると、判断がKPIに縛られて、顧客を成功に導く判断ができなくなる恐れがあるからだ。
例えばセールス部門にプランのアップグレードが見込める顧客を伝えるとき、カスタマーサクセスグループが顧客数という数値目標を持っていると、機能がまだ十分に活用できていない顧客や、そもそもアップグレードの必要性が薄い顧客まで紹介してしまう可能性がある。
しかし本来カスタマーサクセスとしては、そうした顧客にはプランをアップグレードしてもらうより、まず現在の機能を十分に活用してもらう必要がある。このように、あえて数値目標を達成しない方が正しい選択となるケースもあることから、指標に縛られない本質的な判断ができるよう、メンバー個人には定性的な目標しか定めていないという。
ただし稲船さんは、この方針についてまだ悩みがあると話す。そもそも事業への貢献を考える上では、定量的な評価が重要であることは言うまでもない。この点については今後も試行錯誤を続けていくという。
「カスタマーサクセスは『お客さまのためになりたい』という考えが大事な一方で、それが事業成長につながらなければ意味がない。顧客視点と事業視点の双方を持ちながら機能価値を最大化して届けることが、カスタマーサクセスの魅力であり、難しいところ」(稲船さん)
「何が顧客の成功か」の定義にデータ活用
2つ目は、顧客がサービスをどのように使っているかという情報をデータ化し、顧客の成功に向けて活用することだ。
関連記事
- SaaS企業が恐れる「解約率」との正しい向き合い方 継続率99%を超えるSmartHRに聞く
月次の解約率を継続して1%未満に抑えるSmartHR。サービス開始時点では2〜3%程度だったにもかかわらず、数値を抑えられた理由とは。CEOに戦略を聞く。 - 飲食店向けSaaSなのにコロナ禍でユーザー数1.5倍 パーソルグループが「けがの功名」からつかんだ成長の秘訣
コロナ禍で苦戦する飲食・小売業界をターゲットにしているにもかかわらず、ユーザー数を伸ばすシフト管理SaaS「Sync Up」。同サービスが成長する裏側には、コロナ禍に伴う飲食・小売業界のある変化と、同社の戦略が隠れていた。 - 競合ひしめく営業支援SaaS市場で日本の後発企業が戦えるワケ 現場の声から見いだす勝機
米salesforce.comや米Microsoftなどの競合がひしめく営業支援SaaS市場を生き抜くマツリカ。2015年設立の後発企業にもかかわらずユーザーを獲得できている理由は、営業現場が抱えていた課題にあるという。同社が見いだした勝機とは。 - 「身内に使ってもらうだけ」なB2B SaaSスタートアップにならない方法 ユーザー課題の正しい見極め方
B2B SaaSを立ち上げても、身内に使ってもらうだけではビジネスとして成立しない──こんな事態を避けるヒントは、業務に隠れた「ユーザーも知らない課題」にあるという。初期ユーザーの課題を見極め、入り口となる市場での局地戦に勝つ方法とは。 - 急成長中のSansanに学ぶ、B2B SaaS開発組織の広げ方 3度の体制変更を経てたどり着いた答え
オンラインで名刺交換できるSaaS「Sansan」。年々売り上げを伸ばす同サービスだが、事業拡大に伴い開発組織も大きくなることから、組織の編成を何度も変えて対応しているという。業績を伸ばすSansanの開発組織は、これまでどのように編成を変えてきたのか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.