「私を忘れないで」──コロナ禍の“記憶”を保管するデジタル技術:ウィズコロナ時代のテクノロジー(3/3 ページ)
パンデミックが発生している現在の「記憶」を留めるためのデジタル技術が台頭している。次のパンデミックに備えるために役に立つのはもちろん、自分の体験や感情、故人との思い出などをデジタル基盤上に集めて保管する試みが世界中で行われている。
記念碑×デジタル
もう一つ、独自の形でデジタル技術を活用している例を紹介しておこう。それは「National Covid Memorial Wall」と名付けられた、リアルとバーチャルを組み合わせた試みだ。
サイトにアクセスすると、文字通り「壁」が表示されるのが分かるだろう。しかしただの壁ではなく、いくつものハートマークが書き込まれている。これはロンドンにあるAlbert Embankmentという川岸の一部で、ハートの一つ一つが、英国内で発生したCOVID-19犠牲者を示している。現時点で、ハートの数は16万個に達している――つまり英国内での犠牲者数が16万人に達しているということだ。
これはLed By Donkeysという活動家グループが立ち上げたプロジェクトおよびWebサイトで、実は政府からの正式な許可を得て行っているものではない。彼らが英国内のCOVID-19犠牲者を追悼するために始めたゲリラ的な活動なのだが、多くの注目を集め、犠牲者の家族らも訪れるスポットとなっている。
Webサイト版は左右にスクロールでき、Albert Embankmentで採集したと思われる雑踏の音も流れるようになっており、実際に壁を目の前にした気分になれる。またスクロールしていくと、ところどころで人間の音声が流れる箇所がある。
これは犠牲者の家族や友人(その名前が画面左下に表示されている)から集められたもので、故人の思い出を語る内容となっている。それを聴きながら壁に描かれた無数のハートや、添えられた花束を目にすることは、もしかしたら実際にAlbert Embankmentを訪れる以上にこの壁が持つ意味を理解させられるといえるかもしれない。
前述の通り、このプロジェクトはゲリラ的に行われているものであり、いまこの壁を残すべきかという議論が生まれている。許可を得ていないのであれば当然ながら取り壊されたり、壁を塗りなおされたりしても文句は言えないわけだが、犠牲者の追悼という活動自体は多くの人々が支持するところであり、英国教会の大主教も壁を訪れてその意義を訴えている。
このプロジェクトが保全されるのかどうか、現時点では定かではないが、物理的な壁と違い、デジタル空間にあるWebサイトまで強制的に撤去してしまうことはできないだろう(もちろん何らかの公的な命令によってサイトが閉鎖されてしまう可能性はあるが)。
そして「犠牲者数16万人」という単なる数字ではなく、ハート一つ一つが持つ命の重さを実感し、記憶に留める装置として、このWebサイトは機能していくはずだ。
誰かを追悼したり、その記念になるものを残したりといった行為は、人類史の初めから見られるものだ。埋葬と考えらえる可能性のある行為は、実に10万年以上前から確認されているそうである。デジタル・パンデミックの時代、その姿かたちは変化しても、人々はその手にある技術を使い、さまざまな記憶を留めていくのだろう。
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