ゲーミングとスパコンの融合が“新世界”を開く 理研・松岡聡さん語るゲームエンジニアへの期待:CEDEC 2022(2/2 ページ)
「CEDEC2022」最終日の基調講演に、理化学研究所・計算科学研究センター長の松岡聡さんが登壇した。松岡さんはスパコン開発の歴史や自身の経歴を話し、ゲームエンジニアの活躍が社会変革につながる可能性があるとエールを贈った。
専門家だけでなく、誰もがスパコンの力を利用できるように
TSUBAMEに至る一連のスパコン開発で松岡さんが大事にしていた信念は、専用のアーキテクチャを採用するのではなく、「ソフトウェアを含めて汎用のプラットフォームをベースにつくる」ことだったという。
コンピュータの計算速度の向上は、単純に計算結果が早く得られるようになるだけでなく、むしろ、これまで可視化できなかったような広範・複雑な物理現象をモデリングできたり、よりグラフィカルでリアルなゲーミングが可能になったりと、「新しい体験」を提供できる可能性が開けることが本質的な価値だと松岡さんは強調する。
スパコンの進化をそうした価値につなげるためには、「専門家だけでなく、多くの人がスパコンの力を利用できるようにすることが非常に重要」だと松岡さんは力を込めた。
また、こうした流れはゲーム業界と共通しているとも指摘した。「ゲーミングのプラットフォームも昔は非常に特殊だったが、PCゲームはもちろん、PlayStationにしろXboxにしろ、現在は最先端だけれども非常に汎用性が高いプラットフォームをベースに開発されている」と解説。
汎用的なプラットフォームがあることでソフトウェアのエコシステムが成長し、ユーザーに新しい体験を提供する間口が拡大していくと説いた。
広く社会課題の解決に活用されている「富岳」
松岡さんは現在、理研でスパコン開発をけん引し、直近では富士通と共同で「富岳」を開発。富岳は2020年に、TOP500を含む4つのスパコン性能ランキングで世界トップの座に就いた。22年、TOP500における首位の座こそ明け渡したものの、他の主要ランキングでは首位を維持しており世界トップレベルのスパコンとして活躍し続けている。
富岳の開発においても、松岡さんの信念は存分に反映されている。汎用的なアーキテクチャに基づいて開発し、従来のスパコン専用アプリケーションを動かすだけでなく、幅広い社会課題の解決に応用できるようにした。「幅広いアプリケーションを使えて、ベンチマークテストによる性能評価でも世界トップを狙うという高い目標、ハイリスクな開発を推進できたのは国家プロジェクトだからこそ」と話す。
そうした成果を広く社会に還元すべく、富岳は既にさまざまな場面で活用を進めているという。新型コロナウイルスの飛沫やエアロゾルの飛散を富岳でシミュレーションし、感染症対策の検討に役立てたことは広く知られており、国際的な評価も高い。
理研などによる共同研究チームが富岳を活用して取り組んだ「COVID-19の飛沫・エアロゾル拡散モデル構築」は、「スパコン界のアカデミー賞作品賞」ともいわれるゴードン・ベル賞で2021年に「COVID-19研究特別賞」を受賞した。
ただし松岡さんは「なかなか伝わっていないのが残念だが、実際は病院、学校、電車、飛行機、タクシー、劇場、カラオケボックスや居酒屋など、もっとさまざまな社会的状況のデジタルツインをつくって、政府や感染症の専門家の方々とやりとりしながらシミュレーションし、感染症対策の検討・決定に活用している」と説明する。
富岳は従来のスパコン以上に、社会課題を解決するための実用的な価値を備えていることを強調した。
ゲームエンジニアに新世界の創造を期待
こうしたスパコンの進化は、ゲーム業界にどう反映されていくのか。デジタルツインをキーワードに両者の融合が進んでいくというのが松岡さんの見立てだ。富岳の総ノード数(サーバ数の単位)は約16万だが、例えば「PlayStation 5」のゲーム機としての性能と、富岳の1ノードの性能はほぼ同じだという。スパコンもゲームも、使われている技術の先進性やプラットフォーム、ソフトウェアのエコシステムは重なる部分が大きくなっている。
「例えばNVIDIAはもともとゲーム向けの技術を物理シミュレーションと融合させ、仮想空間の開発プラットフォーム『Omniverse』をつくっている。(スパコンの主用途である)AI、精緻な物理シミュレーション、ビッグデータ解析に、ゲーミングのグラフィック技術やインタラクティビティ(双方向性)に関する技術が組み合わさることで、メタバースやデジタルツインの発展と飛躍が期待できる」(松岡さん)
講演を視聴したゲームエンジニアやエンジニア志望の学生に対しては、「スパコンとゲーミングがコンバージェンス(融合)した新しい世界をぜひつくってほしい」と期待を寄せ、締めくくった。
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