「ネット」という閉じた楽園で、人は“ウソ”をのむ:小寺信良のIT大作戦(3/3 ページ)
米国のメディア格付け機関「NewsGuard」によると、TikTok上で流れている動画の約20%に虚偽や誤情報を含んでいる可能性があるという。このニュースは色々な意味で示唆に富む。
清は清でのむ、濁は濁でのむ
「清濁併せ呑む」という言葉があるが、今の情報の「呑み方」は、清も濁も区別せずのむのではない。清は清としてのみ、濁は濁として、知っててのまざるを得なくなった。探しても「事実」が見つかる可能性が下がってきている現状では、あまりにも事実にこだわりすぎていると、何も得られなくなるからだ。
清濁が区別できているうちはいいが、清をのむほうが生きづらいのであれば、しあわせのために濁を好んでのむようになることは、十分あり得る。時に濁は甘言であり、心地よさにあふれている。
コロナ禍が始まってワクチン接種がスタートすると、ワクチン肯定派と否定派で大きく意見が割れることとなった。見ているデータは同じでも、ワクチン接種で○%死ぬのは仕方がないと見るのか、○%も死ぬのかふざけんなよと見るのかで話が変わってくる。政府の方針を信じるか、信じないかという話になる。科学とデクノロジーの21世紀もすでに1/5が過ぎた現在でも、自分のしあわせがかかってくると、いまだ行動が「信じる・信じない」の二択にゆだねられるのは奇妙なことではあるが、実際にそれが起こった。
そしてその二択が決められない混乱の中で、多くの陰謀論が誕生した。そしてそれをかたくなに信じ込む人達も出てきた。陰謀論は、単なるイタズラで始まることもあるが、現代は何らかの裏があって発信されることが多い。つまり、「そういうことにした方が都合がいい人達」がいて、架空のシナリオをでっち上げる。それを拡散するのは、裏の意図を意識することなく、単に面白がってる人や、大真面目に信じてしまう人達だ。
事実とは時に、説明がつかなかったり、つじつまが合わない事が多い。「なぜ」に対する明確な答えが、簡単には見つからないからだ。一方陰謀論は、「なぜ」の部分を空想によって埋めた上で、全体のストーリーが組み立てられる。
肝心の「なぜ」の部分はウソだが、そこから逆算して作られたストーリーは、つじつまが合う。だから、のみやすい。完璧に理解できる。ものごとを理解する事を好む傾向が強い人は、陰謀論のほうがのみやすいし、人にも説明しやすい。だからいつしかそれが、つじつまが合わない事実よりも、重要になってしまう瞬間がある。そうなると、その考えから抜け出すのは難しい。
ネットには正しさにこだわらない情報があふれており、われわれは次第にその状態に酩酊しつつある。自分自身で正しさが判断できる材料が揃わないならば、「正しいと思われる人を信じる」ことで判断するしかなくなる。コミュニケーション技術の発達により、直接民主主義が可能になるのではないかとする論もあったにもかかわらず、間接民主主義が生まれた古代ローマ時代へ逆戻りだ。清濁の情報が多すぎるということは、共同体が小さいという事と結果的にあまり変わらなかった、という事になる。
われわれは検索により、広い情報の海を泳ぎ、万能であるつもりになっていた。だが実際には、しょせん1人の人間が興味を持つ範囲のことを引き寄せているにすぎず、しょせん1人の人間が理解できる範囲のことしか理解できないのだと思い知らされる。
そうしてわれわれは、今日も自分に与えられた狭い空間の中で心地よく過ごすために、多くのウソを見逃し、しかたなくのむ事になる。これでいいはずはないが、解決の糸口は未だ見つかっていないのではないか。
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