デンソーや三菱総研、農水省が実施した「SFプロトタイピング」 参画したSF作家・松崎有理さんが語る:SFプロトタイピングに取り組む方法(1/2 ページ)
SF的思考をビジネスに活用する「SFプロトタイピング」という取り組みがあります。デンソーや農水省が実施した試みに参加したSF作家の松崎有理さんに、プロジェクトやSF小説執筆の背景を聞きました。
こんにちは。SFプロトタイパーの大橋博之です。
この連載では、僕が取り組んでいる「SFプロトタイピング」について語ります。SFプロトタイピングは、SF的な思考で未来を考え、実際にSF作品を創作して企業のビジネスに活用することです。
今回はSFプロトタイピングも手掛けるSF作家の松崎有理さんにお話を伺いました。松崎さんは東北大学理学部を卒業しており、理系に強い女性SF作家として注目されています。
松崎有理
1972年、茨城県に生まれる。東北大学理学部を卒業。2010年に大学研究室が舞台の短編「あがり」で第1回創元SF短編賞を受賞してデビュー。近著「架空論文投稿計画」「5まで数える」「イヴの末裔たちの明日」など。
デンソーのアンソロジー企画「未来製作所」に参加 SF小説を執筆
大橋 松崎さんがSFプロトタイピングを知ったのはいつごろからですか?
松崎さん(以下、敬称略) 2018年ごろから、SFプロトタイピングという言葉をあちこちで目にして知っていました。でも私がやることになるとは思っていませんでした。
大橋 松崎さんは、自動車部品メーカーであるデンソーのアンソロジー企画「未来製作所」(幻冬舎)に参加されていますね。これは未来のモビリティやモノづくりがテーマで、5人の作家(太田忠司さん/北野勇作さん/小狐裕介さん/田丸雅智さん/松崎有理さん)の一人としてSF小説「山へ帰る日」と「天文学者の受難」を執筆されています。
松崎 未来製作所はSFプロトタイピングに近い作品だと思います。
大橋 松崎さんが未来製作所に関わることになった経緯を教えてください。
松崎 幻冬舎の知り合いの編集者から「デンソーさんが会社をアピールするために小説集を出したいという話があって」と声を掛けてもらいました。企業をアピールするために小説を執筆するというのはよくある話です。愛知県にあるデンソー本社や工場に取材に行って書ける作家が5人集まりました。
大橋 デンソーさんの最先端の技術やモノづくりの現場を取材して、その延長線上の未来を執筆されたわけですね。
松崎 そうです。テーマは同じなのに、参加作家さんによってアウトプットが違う。とても楽しい経験でした。ただ、1作品の分量が原稿用紙10〜15枚という指定で、短いので執筆は大変でした。私は2作品とも15枚で仕上げました。
大橋 文字数が少ないのは大変ですよね。僕もSFプロトタイピングをSF作家さんにお願いしたとき、枚数をオーバーしてくるので困ったことがあります。
三菱総合研究所の「SF思考」
「2070年の未来図」を基に書いた「秋刀魚、苦いかしょっぱいか」
松崎 私が関わった本格的なSFプロトタイピングは、三菱総合研究所さんの取り組みからです。
大橋 三菱総合研究所さんが中心になったSFプロトタイピングの解説書「SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル」(ダイヤモンド社)に、松崎さんのSF小説「秋刀魚、苦いかしょっぱいか」が収録されています。これは、どういう経緯から関わることになったのですか?
松崎 慶應義塾大学でAIなどを研究している准教授の大澤博隆先生からオファーしてもらいました。先生が人工知能学会に関わっていて、私がその学会誌にショートショートを書いたことからつながりがありました。
<関連記事:大澤博隆氏に聞く「SFプロトタイピング」の活用法と課題>
大橋 松崎さんはとても貴重な存在ですよね。科学が分かるSF作家でしかも女性。だから、アンソロジーでは声が掛かるのはよく分かります。
松崎 そうですね。便利に使ってください(笑)
大橋 三菱総合研究所さんとはどのように進められたのですか?
松崎 三菱総合研究所さんはチームでファシリテートしてくれました。チームのメンバーは10人ほどいるので、私が「この資料が欲しい」と言うとすぐに用意してくれたので、とてもやりやすかったです。プロットを書いている途中で「こうしたらいいと思うのですが、どうですか?」と質問のメールを出すとすぐに返事が返ってきました。作家は自分で調べることはほとんどせず、アウトプットを出せばいいという感じでした。
大橋 SF思考の書籍でも5人の作家(高橋文樹さん、柴田勝家さん、長谷敏司さん、林譲治さん、松崎有理さん)が執筆されているのに、世界観が統一されていますよね。例えば登場人物は全員パーソナルAIを身に着けているとか。
松崎 物語の舞台を2070年に設定しています。三菱総合研究所さんが2070年の未来図を作っていて、そこに歴史年表やガジェットリスト、資料が全部そろっていました。私たち作家は情報共有のため、その大量の資料を読み込むことから始めました。何しろ作家が複数人いるので、歴史年表とガジェットリストから矛盾が出ないようにしなければなりません。
大橋 それでいて、舞台はバラバラという。
松崎 読者が楽しいように舞台や、登場人物の属性はバラけさせました。そのため登場人物の年齢や性別、職業は作家の間で調整しています。同一テーマでアンソロジーを執筆することはありますが、通常はそこまで決まりごとは設けません。SFプロトタイピングの場合はクライアントがあって目的もあります。そこは気を付けないといけないところです。
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