デンソーや三菱総研、農水省が実施した「SFプロトタイピング」 参画したSF作家・松崎有理さんが語る:SFプロトタイピングに取り組む方法(2/2 ページ)
SF的思考をビジネスに活用する「SFプロトタイピング」という取り組みがあります。デンソーや農水省が実施した試みに参加したSF作家の松崎有理さんに、プロジェクトやSF小説執筆の背景を聞きました。
「身近な秋刀魚が絶滅したら」 三菱総研のSF小説ができるまで
大橋 出来上がったSF小説、「秋刀魚、苦いかしょっぱいか」はどのように執筆されたのですか?
松崎 テーマが「環境」だったので、生物の絶滅がショッキングで分かりやすいと思い、最初は秋刀魚ではなく鰻(うなぎ)を考えました。でも、鰻が絶滅する話は倉田タカシさんが既に「うなぎばか」(早川書房)で書かれているので、プロットも考えていたのですが変更しました。「他に絶滅しそうな魚ってなんだろう?」と考えていたら、秋刀魚の漁獲量が減っているとニュースで話題になっていたので秋刀魚にしようと。身近な秋刀魚が絶滅したらみんなも驚くに違いないと考えました。
大橋 鰻よりも秋刀魚の方が身近な魚なので、結果としては良かった気がします。物語では絶滅した秋刀魚の味を再現するために3Dフードプリンタが登場します。ガジェットは何を出すというのは決まっていたのですか?
松崎 三菱総合研究所さんの2070年の未来図では、2070年には3Dフードプリンタは一般的な家電になっているだろうとあったので、それを活用しました。
大橋 苦労したところはありましたか?
松崎 ひたすら面白かったので苦労はしていません。自由に書かせて頂きましたし、サポートがとにかく手厚かったので楽でした。むしろ、三菱総合研究所さんは資料集めが大変だったと思います。50年後の未来を精度高く予想して、テクノロジーはどれくらい発達しているかを具体的に提示しなければいけないので。そういう細かいところを詰めたうえで「じゃあ、どんな未来が来たらうれしいだろう」と考えるのがSF作家です。
大橋 作家として「こんなに大量の資料があっても創作の上では必要ないよ」ということはなかったですか?
松崎 必要になるか否かは執筆の段階にならないと分からないので、「読んでおいてね」と言われたものは全部読みます。そこで疑問があったら「これの追加資料はありませんか?」とガンガン請求します。資料はたくさんある方が考える余地というか、空想の幅は広がります。
農林水産省「2050年の食卓の姿」を描く短編を2作品執筆
大橋 デンソーや三菱総合研究所の他に、農林水産省が事務局を務めるフードテック官民協議会「2050年の食卓の姿」のワーキングチームでもSF小説を執筆されていますね。このときは松崎さんと柴田勝家さんが参加していて、松崎さんは2作品「山のくらし」「街のくらし」を書かれました。(松崎さんの小説はこちらから読めます)
<関連記事:農水省がSF小説を制作 “2050年の食卓”を描く>
松崎 これも三菱総合研究所さん経由のお仕事でした。
大橋 フードテックに関するワードと関係のないワードを2つ組み合わせてイメージを膨らませたと聞いています。
松崎 はい、そうでした。キーワードを組み合わせるという作業には、参加した皆さんが盛り上がって取り組んでおり、面白いと思いました。そうして膨らんだイメージを最終的に作品としてどうアウトプットするかを、作家側で考えました。
大橋 その後は、どのように執筆を進めたのですか?
松崎 アイデアはディスカッションのなかでたくさん出て来てどれも面白いのですが、それらを全て作品に加えるわけにもいかず、ヒント程度に考えました。
大橋 そうだったのですね。いまお話いただいた農林水産省の事例のように、SFプロトタイピングは一般的な執筆作業と異なるので苦手というSF作家もいると思います。
松崎 やりたくないSF作家がいることは理解できます。進め方が普段の執筆とは違ってくるので。でも、私は楽しいので、SFプロトタイピングのお仕事は頂けた方がうれしいですね。私自身は向いていると思います。
大橋 ありがとうございました。
SF作家は多くいますが、女性のSF作家はさほど多くはありません。松崎有理さんは理系の女流SF作家として、女性の目線でSFプロトタイピングが執筆できる作家の一人です。
今後もSFプロトタイピングには関わって行きたいとのことなので、引き続き注目しておきたいです。
SFプロトタイピングに興味がある、取り組んでみたい、もしくは取り組んでいるという方がいらっしゃいましたら、ITmedia NEWS編集部までご連絡ください。この連載で紹介させていただくかもしれません。
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