SF小説を使った議論は“脳を刺激”した――LIXILが「SFプロトタイピング」で見つけたアイデアと希望:LIXIL若手社員×SF作家・人間六度さん/柞刈湯葉さん(2/3 ページ)
SFをビジネスに活用する「SFプロトタイピング」を実施したLIXILの若手社員を取材。新規事業の開発に携わる社員は、SF小説を使った議論が“脳を刺激”したと話します。
ブランドメッセージが届きづらい? SF小説なら感情まで伝わる
大橋 最終成果物として公開された、人間さんのSF小説「持続可能の土塊」と、柞刈さんのSF小説「我が家の壁内細菌フローラ」を読まれて、どのような感想を持たれましたか?
人間六度「持続可能の土塊」
“家が生きている未来”では、温度や湿度を自由に管理し、酸素を生み出すことも可能になった。リフォームすら不要になり、絶えず再生することで新築同然の住まいを手にしたはずだった。そんなある日、土壌省から家とのエンディングを告げに1人の女性がやってくる。32年間の思い出がつまった家は、このままなくなってしまうのだろうか ――。
柞刈湯葉「我が家の壁内細菌フローラ」
遺伝子を設計された微生物群によって、間取りも変えられる家が当たり前になった時代。私は、実家で家事をしながら妹と電話していた。同じ家に住み続け、ライフスタイルの変化に応じて住居をカスタマイズしてきた私と、自由奔放に世界を旅して次々と住む場所を変えても、育った家の環境を再現したがる妹。私たちって、やっぱり姉妹なんだな。
※紹介文はLIXILのWebサイトより引用。小説はこちら。
平田 人間さんの作品は、居住者と住宅との関係性が斬新な世界観ですが、今と変わらないなじみのある日常生活の描写だったので僕の中にすっと入ってきました。柞刈さんの作品は技術面の解像度が高く、メーカーである僕らにとって具体的にイメージしやすい作品で、テクニカル寄りのストーリーという印象を受けました。ファンタジーから入るSFとサイエンスから入るSFの2通りあるといいますが、”未来の暮らし”という同じテーマでもお二人のスタイルの違いが明確に表れていて面白いというのが、いち読者としての率直な感想です。
設樂 違いが明確に表れているとの話がありましたが、ストーリーや構成を俯瞰して見ると家が呼吸している、生きている、植物に近づいていく、生き物に近づいていくなどという世界観は2つの作品に共通している部分だとも感じました。
いち企業視点で考えるとCO2の排出量をどう低減するかといった工業的視点でのアプローチが多いのですが、お二人の作品は両方とも住まいそのものがアクティブに環境に貢献している。ポジティブな環境への関わり方をしているストーリーだったので、新しい事業を検討する上でとても参考になる考え方に触れられました。
藤原 お二人が言ったことは私も感じています。追加で言うと「家を自分で育てる」「家を愛する」といったことはLIXILのブランドメッセージでもよく言っていることです。でも、伝わり切れていないのだろうという感覚が何となくあります。自分で住宅を変えていく、住まいに思いをはせるというのは、家を新築する、注文住宅を購入する際に誰もが抱く感情だと思います。SF小説として表現されたとき一気にその感情が伝わるような気がすると強く感じました。
作家が語る創作背景 「遺伝子を書き換えればあらゆるものが創造されうる」
大橋 作家の立場からするとどうですか?
人間 SDGsは今のトレンドワードですが、僕はそれを意識したわけではありません。ただ、人間は木を加工して木材にして建築物に使っています。加工する工程を跳び越すのが一番、エコだと思います。加工する手間がない世界は面白いと常に思っていたので、とっぴな話だとは思いましたが、それを描きたかったというのはあります。
大橋 それが“家が生きている未来”なわけですね。
人間 そうです。生き物は遺伝子でデザインされているものだと思うので、遺伝子を書き換えることであらゆるものが創造されうる、というのが僕の頭にはあります。そこまでラディカル(急速)に世界は変わらないので、実現可能性でいうとあり得ないとは思います。
それでいうと、柞刈さんのSF小説のように「壁」を持ち歩くみたいな方が現実的だし、登場人物二人の人生を比較することで鮮やかにコントラストを出されていたので、すごいなぁと思いました。僕はイメージを降ろして技術に着地させることで作品を作るタイプなので、とっぴな話でもいいかなと思って書いてみました。
柞刈 僕は、人は生きていると変化していくので、それに合わせて家が変わればいろいろと便利なんじゃないかと発想しました。僕達が使っているコンピュータは、内部の構造は同じでもソフトウェアで変わる。そのことを家にも取り入れればちょっとは面白くなるんじゃないかと。そして、現実的にできそうなことという縛りを付けた結果、壁の中に住んでいる微生物群の遺伝子を入れ替えることで可能になるかもと思って書いてみました。
大橋 現実でも、子どもが小さいころは壁紙をかわいいキャラクターの絵にして、成長に合わせて変えるというのはありますからね。
柞刈 それを微生物で行うという発想です。
「未来のリアルが求められる」 書いた小説にある“家に対する愛着”
大橋 作家のお二人は、SFプロトタイピングについてどうお考えですか?
人間 SFプロトタイピングでは未来のリアルが求められます。僕は生活のリアルにおいては細部を書くことが大事だと思っています。例えば、スマホのような「移動式の通信機」のアイデアは100年前からあった。ただ、その移動式通信機にカメラを搭載することで、大衆がパパラッチになり、監視社会になるとは誰も想像できなかった。細部を描くというのは、そういう可能性を描くことだと考えています。コアアイデアよりも、それがどう応用されていくか。重箱の隅をつつくような未来を描ければいいなと考えています。
設樂 人間さんのスマホの話を聞いて、DXの考え方とSFプロトタイピングの考え方が似ていると感じました。例えば、アナログのフィルムカメラからデジタルカメラ、スマホのカメラに進化することで、写真データを送受信できるようになり、やがて撮った写真データをSNSにアップするという社会が実現し、文化が発展してきました。このように何をデジタル化してどんな未来を創造したいかを考えることが重要なDXの考え方とSFプロトタイピングのストーリーの考え方は遠いようで近いのではないかと思いました。
柞刈 ストーリーについては、通常のSF小説を書くのに比べると、SFプロトタイピングのSF小説はある程度ポジティブに書く必要があると感じています。悪い未来の方が話は作りやすいのですが、SFプロトタイピングではなるべく良い未来を書くことが求められる。そこが難しい。なぜなら良い未来は書きづらいから。これは僕の勝手なイメージですが、人間は基本的に保守的なので、何かが変わった状態を良い未来だと思わせることはかなり難しいのです。基本、変わって欲しくないから。
例えば、LIXILさんが扱っているのは日々の生活を形作る商品です。そこに見たことがないものが出て来ると気持ち悪いと思うでしょう。他にも見たこともない食べ物をおいしそうに思わせるのはほぼ不可能なのです。
大橋 確かに。例えば、台所で身体を洗うという世界観を作ると「ちょっと待て!」となりそうです。
平田 人間が基本的に保守的であるというのは、おっしゃる通りだと思います。台所で身体が洗えたとして、それが衛生的に問題はなくても「それって本当に大丈夫?」となるでしょう。
また、お二人のSF小説でどちらにも共通していると思ったのは“家に対する愛着”でした。既存の「家と人の関係性」を超えるような愛着を感じましたが、それは現在の関係性の延長線上ではない発想から生まれる感情であるように感じました。
藤原 平田さんが挙げた家に対する愛着に同意です。その反面、不完全な要素があり、それが要素として大事だと思いました。私たちの普段の企業活動ではネガティブなことを前に出さないので、そのネガティブなことに意味があるという文脈がすごく好きです。
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