飲み口“だけ”が温かく・冷たくなるコップ 0度から65度で変化 味やのど越しの変化を実験:Innovative Tech
青山学院大学の伊藤研究室に所属する研究者らは、飲む際に飲み口だけを瞬時に冷温できるタンブラー型デバイスを提案した研究報告を発表した。
Innovative Tech:
このコーナーでは、テクノロジーの最新研究を紹介するWebメディア「Seamless」を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。Twitter: @shiropen2
青山学院大学の伊藤研究室に所属する研究者らが発表した論文 「ThermoTumbler: 下唇周辺への温度提示による 飲料の食体験と味覚変化の実現」は、飲む際に飲み口だけを瞬時に冷温できるタンブラー型デバイスを提案した研究報告である。
電流を流す方法で、ペルチェ素子により飲み口のヒートパイプの温度を制御する。下唇に冷温感を提示することで、デバイス内の飲料水の味やのど越しなどの食体験が変化するかを調査した。
下唇に任意の温度を提示可能なタンブラー型デバイス「ThermoTumbler」のプロトタイプを実装する。ThermoTumblerは、タンブラーとヒートパイプ、2つの温度変化モジュール、温度を取得するサーミスター、制御基板及びPCで構成する。
タンブラーは飲料の温度を維持し、外側に飲料の熱が伝わらない真空断熱構造を採用。飲み口の素材には、下唇が触れたときに皮膚の体温で温度が変化しないようにアルミヒートパイプを選んだ。
下唇への温度提示を実現するために、熱を瞬時に伝えるアルミヒートパイプを飲み口としてタンブラーに取り付け、ヒートパイプの温度を変化させる温度変化モジュールを実装し、2つのモジュールをヒートパイプの両端に固定する。
温度変化モジュールは、温度を提示するためのペルチェ素子やヒートシンク、ファンで構成し、ペルチェ素子に対してモータードライバから電流を正方向または逆方向に流すことで、加熱・冷却を制御する。
ThermoTumblerの加温と冷却性能の評価実験を行った。その結果、5分間加温・冷却し続けると、飲み口の温度を1度単位で0度から65度まで制御できると分かった。
次に温度変化によって味覚やのど越しなどの食体験が変わるかを実験した。実験では、水やオレンジジュース、リンゴジュースの3種類を用意。これらの飲料水を5度(冷却飲料)、24度(常温飲料)、45度(加温飲料)の3つの温度にしてからデバイスに注ぐ。デバイスでは、3つの温度を基準にそれぞれを2度上下させた温度変化を提示する。
実験の結果は、全ての常温飲料(24度)の場合は、温度を度下げた場合(22度)に有意に飲料の冷たさが増すことが分かった。このことから、下唇に飲料よりも冷たい感覚を提示することで、飲料自体の温度も冷たく感じると考えられる。
冷却飲料と常温飲料では、デバイスを冷却すると「のど越し」「おいしさ」「心地よさ」が増すことを示した。下唇周辺への温度提示によって「のど越し」を変化させ、飲料の「おいしさ」を増すことができたと考えられ、また飲料をおいしく感じたことで「心地よさ」も向上したと考えられる。温度変化で「のど越し」を変えられることから、ビールや炭酸ジュースへの応用が期待できる。
これまでビールジョッキを冷却することで、飲用時に好影響を及ぼすと考えられてきたが、具体的な理由は十分に解明されていなかった。この研究により、飲み口を冷却することで「のど越し」や「おいしさ」などの飲料の食体験に好意的な印象を及ぼすことを明らかにした。
また、下唇周辺への温度提示によって、リンゴジュースでは「甘味」、オレンジジュースでは「酸味」において変化があった。またオレンジジュースとリンゴジュースは、デバイスの温度によって「後味」に有意な差があった。さらに、オレンジジュースは「味の濃さ」の評価にも有意な差があった。
これらの結果から、下唇周辺への温度提示によって飲料の持つ基本五味を強調できることが明らかになった。そして、調味料や添加物に頼らずに飲料自体が持つ本来の味をより際立たせることが可能であると考えられる。
自由回答より「オレンジジュースの方がリンゴジュースよりも味が濃く感じた」と報告されたことからも、飲料自体の味や味の濃さの違いによって、下唇周辺への温度提示による「後味」や「味の濃さ」の変化が異なると考えられる。一方、水は下唇周辺への温度提示による食体験と味覚の影響が少なかった。
今回はタンブラーと飲料水の組み合わせに焦点を合わせたが、今後はスプーンやフォークなどのカトラリーと固形物の組み合わせにも挑戦したいとしている。
Source and Image Credits: 上堀 まい, 伊藤 弘大, 伊藤 雄一. ThermoTumbler: 下唇周辺への温度提示による 飲料の食体験と味覚変化の実現. 情報処理学会 インタラクション2023
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