「科学技術の未来予測はダメ」 指摘から20余年、「SF」は解決の糸口に? 国の機関が気付いた“人中心の社会”の描き方:SFプロトタイピングに取り組む方法(1/4 ページ)
文科省の研究機関が描いた科学技術予測の未来像は「“技術マッチョ”すぎる」という課題がありました。科学技術ありきの考え方を転換すべく、「SF」に着目。未来の見方をどう変えるのか取材しました。
2040年の未来像は“技術マッチョ”すぎる。果たして人間中心といえるのか――こんな課題に直面したのが、文部科学省の研究機関による科学技術の予測報告書です。最新技術の動向を取り入れてエッジの効いた未来を描くも、技術的にできることを集めた社会像になってしまうといいます。過去には「そんな科学技術ありきの考え方ではダメ」と指摘を受けたこともありました。
そこで注目したのが、SF的な思考をビジネスに活用する手法「SFプロトタイピング」です。人の生活や社会の姿を物語として表現できるSFを使うことで、科学技術とのつながりを建設的に描き出す狙いです。
SFを使うことで未来の見方がどう変わるのか、SFプロトタイピングを手掛けているSFプロトタイパーの大橋博之さんが取材しました。(ITmedia NEWS編集部)
こんにちは。SFプロトタイパーの大橋です。この連載では、僕が取り組んでいる「SFプロトタイピング」について語っていきます。SFプロトタイピングとは、SF的な思考で未来を考え、SF作品を創作するなどして企業のビジネスなどに活用するメソッドです。
今回は、文部科学省 科学技術・学術政策研究所(NISTEP)を紹介します。NISTEPがSFプロトタイピングに興味を持っていると聞き、取材させていただきました。
NISTEPでは政府が策定する「科学技術・イノベーション基本計画」など科学技術イノベーション政策の立案における基礎的な情報提供を行っています。そのうちの一つに、政府が1971年から約5年ごとに実施する「科学技術予測調査」があります。NISTEPは、第5回調査(1992年)から実施主体となっています。この調査は科学技術の未来と社会の未来を調査し、それらを統合して科学技術発展による社会の未来像を描くというものです。
直近では2019年11月に、2040年をターゲットイヤーにした(調査対象としては2050年までの)報告書「第11回科学技術予測調査 S&T Foresight 2019」を公開しており、現在は2024年に公表予定の「第12回科学技術予測調査」が進行しています。
科学技術予測調査を推進している岡村麻子さん(文部科学省 科学技術・学術政策研究所 科学技術予測・政策基盤調査研究センター 動向分析・予測研究グループ 主任研究官)、黒木優太郎さん(同グループ 上席研究官 博士(理学))、横尾淑子さん(同グループ 専門職)、小倉康弘さん(同グループ 主任研究官 博士(地球環境学))にお話を伺いました。
科学技術政策を支えるNISTEP 何をしている機関?
※以下、敬称略
大橋 みなさんが所属しているNISTEPの科学技術予測・政策基盤調査研究センターとは、どのような機関なのでしょうか?
岡村 NISTEPは、国の科学技術政策立案プロセスの一翼を担うために設置された文部科学省直轄の国立試験研究機関で、1988年に科学技術庁に科学技術政策研究所が設置されたのが始まりです。
現在、NISTEPにはさまざまな調査研究を行っている部門があります。組織改組により2021年に科学技術予測・政策基盤調査研究センターが設置されました。
われわれは主に「科学技術動向と将来予測に関する論理的及び実証的調査研究」と「科学技術・学術振興の状況と基本的な政策等に関する論理的及び実証的調査研究」を行っています。
国が科学技術イノベーション政策を推進している中、われわれはさまざまな報告書を作成して、政策担当者や内閣府などにインプットする役割を担っています。
あまり外部からは見えない存在ですが、NISTEPの報告書はさまざまな審議会で議論する際の材料として使われています。それら報告書はオープンにされており、NISTEPのWebサイトからアクセスできます。
大橋 報告書は外部でも見ることができるのですね。今までもったいないことをしていました(笑)。みなさんはどのような経緯から科学技術予測調査に関わることになったのですか?
岡村 私は2020年12月に着任したので予測に関しての経験は浅いのですが、科学技術政策や政策研究には長く携わり、特に科学と社会の指標化に取り組んできました。その前は、政府系シンクタンクや国際機関、大学などで政策研究をしていました。政策研究周りは長いのですが、フォーサイト(将来どうなりそうかを洞察すること)はこちらに来てから始めました。
黒木 私が着任したのは2018年です。それ以前は、熊本大学 国際先端科学技術研究機構URAで、研究支援や経営分析などに取り組んでいました。
現在は12回目の科学技術予測調査を進めつつ、「専門家が注目する科学技術に関するアンケート調査」を担当しています。これは約1600人が属する科学技術専門家ネットワーク(詳細はこちら)で調査を行うもので、実現前の段階で着目している研究や、実現するか分からないけれどインパクトがありそうな研究を抽出しています。第1回目の調査報告書を2021年10月に、第2回目を2023年2月に公表しました。
横尾 私は7回目の科学技術予測調査から携わっているので、20年ほど関わってきました。そのころは専門家へのアンケート調査や専門家が「誰も注目していないけれど、今後注目しておいた方がいい」と考えることをショートレポートという形で作成する動向調査を行っていました。それが、近年は論文数などの定量データと定性データの両方を分析するように変わってきました。合わせて、これまで科学技術中心だった科学技術予測調査は、科学技術だけでなく社会も一緒に見る必要があると変わりつつあります。
小倉 私は着任したばかりで、技術予測はまだ素人のような状態です(笑)。これまで定量分析を専門にしてきたことから、現在は特許データを集計し、より特定の技術に絞った出願動向を調査しています。
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