「AIグラビア」で“非実在”の概念が塗り替わる? 論点を整理する:小寺信良のIT大作戦(3/3 ページ)
集英社の「週刊プレイボーイ」が、編集部で生成したAIの女性像によるグラビア写真集を発売した(現在は販売中止)。これを巡ってネットではさまざまな意見が出てきているが、架空の女性像によるグラビアの先には、何が起こりうるのだろうか。
表現規制はあり得る?
実在しないキャラクターゆえに、ポーズや衣装、あるいは表現されたものに対して、被写体から文句が出る事はない。つまりどのような扱いをされても実在しないので、虐待やセクハラなどで訴えられる可能性はない。だがそれを表現として受け入れられるかどうかは、また別の問題である。
2010年、東京都青少年健全育成条例において、実際には存在しない、表現上だけの「非実在青少年」を規定し、これを掲載する図書類の販売を制限する改正案が議論されたことがある。児童ポルノ規制は、実在する児童への性的虐待及び搾取を防止するのが本来の趣旨だが、「絵に描かれた児童も保護しよう」というわけである。
当時の騒動を知らない人からすれば全く意味が分からないかもしれないが、当時は相当大真面目にこの改正が行なわれようとしていた。これに多くの表現者やメディア、団体、そして読者らが反対意見を表明し、辛うじて改正案は否決された。
「絵を描くこと」の向こう側には、人間の書き手が存在する。第二次世界大戦の反省から、表現の自由は日本では特に重要視される人権であり、日本のコンテンツ産業の要であることから、それ以降、マンガ・アニメの表現の自由に触ることは、政治の世界ではほぼタブーとなっている。そこには、膨大な数のファンのパワーがあるからだ。
だが、リアルな生成画像のファンがどれぐらいいるのか、未知数である。またAIによって生成された画像は、人が描いた「表現」と見なされるのかも、よく分からない。プロンプトエンジニアが直接の表現者といえるのか、という問題にもなる。
日本の場合、テクノロジーの普及・発展は、「エロ」と重要な関係がある。AIがアダルト業界のツールになるまで、1年かからないだろう。AIのリアルエロ画像・動画はけしからん、規制せよという議論になった際に、私たちはそれを「表現の自由」の問題で捉えるべきなのか。人が描く自由と同様、AIの表現の自由も同様に守るべきなのか。規制するのは、簡単である。AIに特定のプロンプトを受け付けなくさせる、あるいは生成画像を解析して「不適切」なものはユーザーに渡る前に破棄するといった仕様を加えるだけである。
だが、そこまでする必要があるのか。過ぎたるは及ばざるがごとしではないのか。規制は一度一線を超えてしまうと、もう元に戻る事はない。
一方で、現時点ではAIとエロ、AIと児童表現の関係を明確に定義できるロジックがないのではないか。AIの利用や、画像生成が違法か適法かの議論は、今のところ著作権法の枠を出ていない。だが、表現とコンピュータサイエンスの問題を、著作権法だけで全てカバーできるわけがない。
AIによる画像生成は、もっと多くの視点で議論すべきであろう。まずは議論のフレームとなるプラットフォーム作りから始めるしかないが、どこか手を上げるところがあるだろうか。
関連記事
- 集英社、“AIグラビア”発売 実在しない“妹系美少女” 編集部が画像生成
集英社が、AI生成画像を使ったグラビア写真集「生まれたて。」を発売した。モデルには「さつきあい」という名前があるが実在はしない。 - “AIグラビア”販売の集英社 生成AI活用方針を聞いた 「適法の範囲でやっている」
集英社・週刊プレイボーイが発売した“AIグラビア”写真集「生まれたて。」はネット上でさまざまな議論を呼んでいる。権利関係について編集部に聞いたところ「適法の範囲内でやっている」との回答が得られた。 - 集英社、“AIグラビア”の販売終了 「生成AIの課題について検討足りなかった」 Twitterも削除
集英社は、AI生成画像を使ったグラビア写真集「生まれたて。」の販売を終了すると発表した。 - Amazonのグラビア写真集が「AI生成だらけ」な件 Spotifyでも“AI汚染”が
集英社が発行した、AI生成画像を使ったグラビア写真集「生まれたて。」がわずか1週間で販売終了となった。一方、個人による販売は2022年後半ごろから相次ぎ、23年に入って激増。Kindleストアの書籍ランキングでも大量にランクインしている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.