不動産大手にできない“まちづくり” スタートアップの秘策は? 未来の都市像を作家と語る:SFプロトタイピングに取り組む方法(2/4 ページ)
スマートシティーやメタバースなど便利に進化する「まち」の姿。それで本当にいいのか?――こう問いかけるスタートアップがあります。目指すまちづくりの将来像を取材しました。
不動産大手にはできないまちづくりを目指す
大橋 そもそも、どうして始めようと思ったのですか?
米田 実は、私は今も三菱地所の社員なんです。三菱地所に新事業提案制度というのがあり、膝栗毛の企画を提案したところ採択され、社内起業という形でスタートしました。三菱地所を退社して立ち上げたのではなく、今は膝栗毛だけにコミットしている状態です。
大橋 なぜ、そのような事業をやろうと思ったのでしょうか。
米田 三菱地所はオフィスや商業施設、ホテルを建てることで人・まち・社会にさまざまな貢献をしています。建物などハードを作ることで働く人や買い物をする人、遊びに来る人などを呼び込むことができる。人の流れが生まれるまちづくりができます。
しかし、全国に展開できているかというとそうではありません。藍銅さんが青春を過ごしたという徳島県に三菱地所のプロパティ(物件)は1つもありません。私は滋賀県大津市の出身なのですが、やはりない。不動産デベロッパーが何かしらのハードを開発できる場所は限られます。それってとてももったいない。ハードを開発するだけがまちづくりじゃない。他にもできることはたくさんあるはずだと。
そのときに思ったのが、土地の文化や歴史などの情報をコンテンツ化して人に伝えることで人の流れを生んだり、人の興味を引いたりできるんじゃないか。開発をしなくともまちづくりができるんじゃないかということでした。
有楽町で会員制オフィス開設 経験を生かし膝栗毛へ
米田 また、膝栗毛のオフィスがある有楽町での取り組みも関係しています。
大橋 有楽町から膝栗毛にどうつながったのでしょうか。
米田 有楽町エリアには約28万人が働いていますが、住んでいる人はほとんどいない特殊なエリアです。約28万人のほとんどは大手企業に勤めており、会社から常に「何か新しいことをやれ」「チャレンジしろ」「面白いアイデアはないか」といわれています。でも、そんなマインドで入社しているわけでもないから、何からやっていいのか分からない。しかも目の前の業務で忙しい。そんな人はたくさんいるだろうと仮説を立てて、個人向け会員制インキュベーションオフィス「SAAI Wonder Working Community」(以下、SAAI)の企画開発を行いました。
新規事業や社内起業はそんなにハードルの高いことじゃない、簡単にチャレンジできると思ってもらえる場にしたいとSAAIを企画しました。コンセプトは「おもいつきを、カタチに」です。私自身もその観点で、ゼロベースから何かを作ることを考え始めました。SAAIの背景にある意図を広げるにはどのようなコミュニティーが必要かを自分でやりながら考えていこうと思い、もともとやりたかった情報のコンテンツ化とSAAIの不足感を補うためにやり始めたのが膝栗毛でした。
大橋 SAAIはユニークな施設ですね。どのような方が利用されているのですか?
米田 大手企業に勤めている人もいますし、スタートアップ企業の方もいます。新規事業の立ち上げをサポートしたり伴走したりする人にも加わってもらうなどいろいろな人が混じり合うコミュニティーになっています。
禁断の愛を描いた「鯉姫婚姻譚」 作家に聞く膝栗毛アプリの第一印象
大橋 藍銅さんも自己紹介をお願いします。
藍銅 幼少期を大阪、青春を徳島で過ごし、東京に引っ越して来てから作家を目指すようになりました。小説講座「ゲンロン大森望SF創作講座」に通い、日本ファンタジーノベル大賞2021大賞を受賞した後、受賞作の「鯉姫婚姻譚」で作家デビューをしました。今は雑誌に短編を発表しつつ、これから頑張っていこうとしているところです。
藍銅ツバメ
1995年生まれ。幼少期を大阪、青春を徳島で過ごす。徳島大学総合科学部人間文化学科卒業。
ゲンロン大森望SF創作講座の第4期受講生。第4回ゲンロンSF新人賞優秀賞受賞。
「鯉姫婚姻譚」で日本ファンタジーノベル大賞2021大賞を受賞。デビュー作「鯉姫婚姻譚」(2022年)を発表。
図書館司書資格保有/日本SF作家クラブ会員。
大橋 鯉姫婚姻譚は、過去の日本を舞台に人間と人間ならざるものとの禁断の愛を描いたファンタジー作品です。膝栗毛の歩き旅と通じる温故知新的なものがあるかなと思い、対談の相手として藍銅さんは合うかなと勝手にイメージしてお声をかけさせていただきました。
藍銅 膝栗毛の元ネタとなった東海道中膝栗毛が古典作品なので、懐かしいものをイメージしたのですが実際にアプリをダウンロードして有楽町を歩いてみたら、新しい情報もいっぱいあって歴史あるものと新しいものを一緒に体験できる温故知新なサービスだなと歩きながら思いました。散歩という身近なものをアプリで楽しめるのは、いいなと思いました。
米田 知って終わりではなく、その場所に行って欲しいという想いがあります。歩き旅の中で使ってもらうことに主軸を置いています。それに、提供するバリューの一つに「発見ではなく再発見」というものがあります。藍銅さんがおっしゃったように、有楽町を歩いていても「こんなお店があったんだ」という新しい情報もあれば、「皇居ってもともとは江戸城だったんだよね」といった歴史にも気付くこともできる。小さな再発見を積み重ねてもらうことを大切にしています。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
“2050年の試作品”を作ったソニーG デザイナーが「SF」活用 想像した未来とは?
ソニーグループのデザイン部門が「2050年」をテーマにプロトタイプを制作しました。SF的な思考で描いた未来とはどのようなものか、未来を考える意義が何か取材しました。
「頭がいつもと違う動きをした」 星空の下、“SF思考”で議論 生まれたアイデアは? NECとコニカミノルタの共創を追う
星空の下、SF的な思考で未来を語り合ったら「頭がいつもと違う動きをした」――プラネタリウムで実施した「SFプロトタイピング」のイベント。実施したNECとコニカミノルタに取材しました。
SF小説を使った議論は“脳を刺激”した――LIXILが「SFプロトタイピング」で見つけたアイデアと希望
SFをビジネスに活用する「SFプロトタイピング」を実施したLIXILの若手社員を取材。新規事業の開発に携わる社員は、SF小説を使った議論が“脳を刺激”したと話します。
ベンチャーが「SF」に頼るワケ SaaS企業カミナシが2030年のビジョンを小説化 CEOが語る“物語の力”
SaaSベンチャーのカミナシがSF小説を作りました。2030年のビジョンを描いています。「SFプロトタイピング」という思考法を活用した理由をCEOに聞きました。
東京都下水道局が「下水道がない世界」を想像? SF作品公開 舞台は2070年 SFが解決する行政課題とは
東京都下水道がSF作品を公開しました。背景には、若者に下水道の役割や魅力を伝えるのが難しいという課題があります。「SF」によってどう解決したのか取材しました。
