母語が“英語じゃない研究者”のデメリットはどのくらいある? 900人以上の科学者を調査:Innovative Tech
オーストラリアのクイーンズランド大学などに所属する研究者らは、英語を母語としない研究者のキャリア形成における言語障壁の影響を定量化した研究報告を発表した。
Innovative Tech:
このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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オーストラリアのクイーンズランド大学などに所属する研究者らが発表した論文「The manifold costs of being a non-native English speaker in science」は、英語を母語としない研究者のキャリア形成における言語障壁の影響を定量化した研究報告である。
科学分野において、英語を母語としないことによる不利益は、論文の読み書きの困難さから国際会議への参加率の低下までさまざまな問題が知られている。しかし、英語を母語としない研究者のキャリア形成における言語障壁の影響を具体的に定量化した研究は、ほとんど存在しない。
この研究では、言語的・経済的背景の異なる8カ国(バングラデシュ、ボリビア、イギリス、日本、ネパール、ナイジェリア、スペイン、ウクライナ)の環境科学者908人を対象に調査を行い、5つの科学活動(論文の読解、執筆、出版、普及、学会参加)を英語で行うために必要な労力を比較した。
調査の結果、英語を母語としない人々にとって、5つの科学活動全てにおいて明確かつ実質的なハンディがあることが明らかになった。
英語論文の読み書きには最大2倍の時間差
まず英語を母語とする人に比べ、英語を母語としない人は、英語での論文の読み書きやプレゼンテーションの準備に最大2倍の時間を必要とすることが分かった。
次に、英語を母語としない人が書いた論文は、英語の質が原因でリジェクトされる頻度が約2.5倍、修正依頼を受ける頻度が約12.5倍も高いことが分かった。また、英語を母語としない人の3分の1が国際会議への出席を見送り、半数が英語でのコミュニケーション能力に自信がないために口頭発表を避けていることも分かった。

(A)英語の研究論文一本を読み、理解するのに要した時間、(B)同じ論文を母国語で完全に読んで理解するのにかかる時間、(C)英語論文の初稿を書くのにかかった日数(1日あたり7時間を費やすと仮定)、(D)同じ論文の初稿を母国語で書くのにかかる日数、(E)誰かが無償で英文をチェックした論文の割合、(F)専門家による有料の英文チェックを受けた論文の割合。紺が日本を含む英語レベルが低い国、黄緑が英語レベルが中程度の国、ピンクは英語ネイティブの国
“英語能力と所得”の関係も調査
また各国に対して英語能力と所得の違いを考慮し、これらがもたらす影響も調査している。例えば、日本であれば英語能力が低く所得水準が高い、ネパールは英語能力が低く所得水準が中程度以下といった具合である。
この違いによって分かることがある。例えば、同じ英語が母語でない人でも、英語力が中程度の国籍の人は、知り合いなどに無償で英文校正を依頼する傾向があり、英語力が低く所得水準が高い国籍の人(例えば日本人)は、プロによる有料の英文校正サービスを利用する傾向がある。
英語力が低く、所得水準が中程度以下の英語が母語でない人は、無償で誰かに英文校正を依頼することもなければ、ほとんどの論文で有料の英文校正サービスを利用することもない。
このように、所得の低い国籍の人々による有料の英文校正サービスの利用が少ないことは、英語を母語としない人々にとっての不利が、国や個人の低所得レベルによって増幅される可能性があることを示唆している。
さらにスペイン語や日本語のような高所得国で話されている言語を除けば、英語以外の言語には最新の科学用語があまり翻訳されていないため、低所得国では、英語教育を受ける余裕のある人だけが研究者になっている可能性も示唆する。
「科学的キャリアの不平等、早急に埋めるべき」
今回の調査結果では、言葉の壁によって引き起こされる精神的ストレスや細かいバイアスなど、考慮すべき要素はまだあるものの、英語を母語とする者と英語を母語としない者との間の科学的キャリアの発展における途方もない不平等が再確認された結論となった。
これまでのところ、言葉の壁を克服する作業は、英語を母語としない人々の努力と、英語力を向上させる方法への投資に委ねられてきた。しかし、この研究で定量化された不利益の大きさは、個人の努力で克服できるレベルをはるかに超えている。英語を母語としない人々の不利を最小化するためには、制度的なレベルや社会的なレベルでの対処が急務である。
指導教官や共同研究者から大学、研究機関、学術誌、資金提供者、学会に至るまで、科学に関するあらゆる部門が、英語を母語としない研究者に言語関連のサポートを提供し、科学的成果を評価する際にその不利を明示的に考慮するために、早急に行動を起こすべきだと研究チームは主張する。
Source and Image Credits: Amano T, Ramirez-Castaneda V, Berdejo-Espinola V, Borokini I, Chowdhury S, Golivets M, et al.(2023)The manifold costs of being a non-native English speaker in science.PLoS Biol 21(7): e3002184. https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3002184
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