なぜ? 地方で進み始めた「脱・交通系ICカード」の流れ その切実な事情とは(2/3 ページ)
2024年5月、熊本市を中心にバス路線や鉄道を運行する事業会社5社が、Suicaを含む全国で利用可能な「交通系ICカード」の利用を年内にも廃止することを発表して話題となった。5社が理由として挙げるのが「機器の更新料負担」という。なぜ、「脱・交通系ICカード」の動きが出てきたのか、背景を解説する。
「10カード」と「地域限定」の違い
熊本市のケースで、交通系ICカードについてもう少しだけ掘り下げていく。Suicaを含む全国共通の交通系ICカードは「10カード」とも呼ばれ(『PiTaPa』を含む全国の主要交通系ICカードが10種類あることから)、熊本市電はこのうちの西日本鉄道らが中心となって発行している「nimoca」(ニモカ)を14年に「でんでんnimoca」として採用し、全国共通の交通系ICカードの受け入れに先鞭をつけている。
一方で前述の熊本市を中心に運行するバス・鉄道5社は「くまモンのICカード」を15年から利用開始した。正式名称は「熊本地域振興ICカード」であり、地域の公共交通や小売店での利用が可能な“地域限定”のICカードとしての扱いだ。カードの規格としてはFeliCaで共通なものの、後述する「サイバネ規格」をベースとした10カード”の仕様とは異なっており、両者に相互共通性はない。
ただし、これでは九州内を含む他の地域の交通系ICカードは使えず利便性の面で劣るため、16年にJR九州との提携で前述5社の運行する公共交通機関でJR九州の発行する10カード「SUGOCA」の受け入れを開始し、結果としてSuicaを含む他の地域の10カードの利用が可能になった。
16年から開始したSUGOCAの受け入れは「片利用」と呼ばれるもので、10カードを5社の運行する公共交通機関で利用可能なものの、その逆のくまモンのICカードを他の10カードの営業地域では利用できない。なお、これではでんでんnimocaを採用する熊本市電にくまモンのICカードでは乗れないことも意味しており、JR九州との提携に先駆ける形で、熊本市電側では15年に「くまモンのICカード」を受け入れる連携を開始している。
今回の5社の決定は、機器の更新タイミングに合わせて片利用を終了し、地域限定の交通系ICカードの役割に限定するという話だ。
「FeliCaベースの“地域限定”交通系ICカードを維持しつつ、片利用を停止するだけでそんなに費用感が違うのか?」という疑問は当然沸いてくるだろう。これについて、2015年以降の「くまモンのICカード」導入に際しての検討が行われた、熊本市公共交通協議会の平成25年度(2013年)の資料に面白い記述がある。
平成25年度第2回熊本市公共交通協議会の会議資料の抜粋だが、まず交通系ICカード導入にあたって10カードではなく、地域独自のカードを導入する理由がシンプルに述べられている。詳しくは後述するが、実は機器のイニシャルコストは両者でそれほど変わらず、むしろランニングコストが高いという部分に注目しているほか、引用の際に割愛した側面で「割引サービスを含めた柔軟な付加サービスへの対応や拡張が難しくなる」といった部分を懸念材料としている。総じて見ればコスト面での負担を第1の理由としており、今回の決定と判断理由に差異はない。
だいぶ差がある導入・イニシャルコスト
次に「ランニングコスト」の部分を見ていく。こちらは同年度の第3回の会議資料だが、10カードを導入した場合と地域独自のカードを導入した場合の2つのパターンで予算をシミュレーションしている。
カギになるのが「SF利用料」と呼ばれるもの。これは、ICカードにチャージした金額(SF:Stored Fare)で決済を行った場合の手数料で、10カード採用時は「カードを発行している会社」に対して1.5%の費用が発生するという。地域独自のカードの場合は空欄になっているが、システム利用料の一環としてリース料に含まれているため、実際の手数料はそちらに合算される。そのため「年間利用料と保守費用」と「決済手数料」の合計で比較することになるが、10年目には累計で4倍近くまで差が開いてしまう。
なぜ利用料と保守費用がそこまで高騰するかだが、過去の取材などで見聞きしてきた情報から判断すると、「駅やバスの停留所の情報を1つ更新するだけで全国規模のデータベースに更新を加えざるを得ず、頻繁なメンテナンスが必要になる」ことが理由の1つに挙げられる。導入費用の問題と合わせ、特にバス会社にとっては負荷が大きくなる要素だと思われる。
そして興味深いのは「イニシャルコスト」の部分だ。2社に問い合わせて運賃箱の改造費用の見積もりを取って比較しているようだが、注目ポイントは2点で、数字の転写ミスと思われる部分に目をつぶれば、10カードを採用する片利用と相互利用のいずれの方式でも費用感にそこまで差がない一方で、地域独自の方式であれば費用が3分の2程度まで減額できることと、イニシャルコストの部分については両者で実はそこまで差がなく、むしろ補助金の存在によって10カードを何らかの形で絡めた方が抑え込めるというところにある。
補助金の性格による部分も大きいが、おそらく「全国共通の交通系ICカードを広めることを推奨」という指針で、国・県・市から補助金が支出されるのだと思われる。
結果として、表中の3つのパターンのうち「地域+片利用方式」を採用したわけだが、その理由は「補助金を組み合わせるとむしろイニシャルコストを低減できる」「片利用の方が地域の独自施策を盛り込みやすいという柔軟性」にあるのだろう。
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