なぜ、日本で「ネット投票」が実現できないのか:小寺信良のIT大作戦(3/3 ページ)
忙しい中、決められた日時に指定された投票所に行っての投票というのは、現代的なライフスタイルからかけ離れているという意見がある。もちろん投票率が上がる本質は、国民の政治参加意識の向上であるべきなのだが、インターネット投票の導入は、将来を見据えれば避けて通れない道ではあるのも事実だ。選挙のたびに議論が起こるところだが、いまだ実現には至っていない。今回はその実現についての課題を整理してみたい。
社会的課題
ネット投票を実現するには、有権者が自分の端末を使ってネット回線に接続し、操作する必要がある。そこにはデジタルデバイドの問題が横たわる。例えばインターネット環境や端末を持たない人、あるいは使いこなせない人、ネット接続が難しい地域に住む人など、有権者の条件は同じではない。
既にe-Taxは実現できているではないかと思われるかもしれないが、確定申告は税理士による代理申告が可能だ。また本人の意思が確認できるのであれば、申告書の送信だけなら家族や友人などの代理提出もできる。
一方投票の代理ができるのは、現行法では投票所の係の者と決められており、家族や介助人が代行することができない。こうした原則がある以上、全ての人を対象にネット投票を展開したり、ネット投票だけに切り替えるということは相当難しいことになる。ネット投票もできるが、不調なときは投票所に行っての投票もできる、あるいは逆に災害が起こって投票所に行けなくなったら、ネットで投票するというような、互いに補完できる形で展開するのが望ましい。
だが社会的問題として大きいのは、ネット投票というシステムが国民に信頼されるのか、というところだろう。例えば投票所とネット投票の傾向が著しく違っていた場合、ネット投票の信頼性が疑われることになる。利用者層が違えば投票結果が異なることは当然考えられるのだが、それにしても…という疑いが晴れなければ、制度維持は不可能になる。
ここまで技術的、制度的、社会的課題に分けて問題を整理してみたが、このどれか1つでも解決不能であれば、ネット投票の実現は難しい。実際世界でもネット投票が実現できているのは、エストニア、フランス、スイス、オマーンぐらいしかなく、フランスではセキュリティの問題が解決できず一時中止されたこともある。2022年に再開されたものの、事前情報配信の不備などが重なり、選挙結果が無効になるなどの騒動が起きている。万全のシステムなど存在しない中、それでも実施するメリットは、投票率の高さだろう。
日本においてネット投票の議論が進まない理由は、そうしたメリットを追うモチベーションがないからである。例えばこのままの現行制度下でこれ以上の世代間格差が広がることは違憲であるといった裁判所判断が出るなどすれば、事情は変わるかもしれないが、若い世代がそうした裁判を起こす可能性は低い。
先日の衆議院選挙では、18歳になって初めて選挙権を得た娘を伴って投票所に足を運んだ。ネット投票の機が熟すまで、若い世代にこうした「選挙に行くクセ」を付けることぐらいしか、今のところやれることがないのではないだろうか。
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