検索
ニュース

太陽系にあるかもしれない“不思議な物質3選” 「ヘリウム化合物」「ほとんど金属な氷」「天然の準結晶」(3/3 ページ)

宇宙に目を向けると、想像もつかないほど極端な物質がたくさんある。この記事では「ヘリウム化鉄」と「超イオン氷」など、不思議な物質について3つ紹介する。

Share
Tweet
LINE
Hatena
前のページへ |       

二十面体鉱と十角形鉱:45億年前に宇宙で作られた準結晶


2015年に2例目の天然の準結晶として発見された「十角形鉱(Decagonite)」の高分解能透過型電子顕微鏡画像 一見すると同じ構造が繰り返されて見えるが、実際にはどこも繰り返されていない(Image Credit: Luca Bindi, et al.)

 先述の2つとは異なり、この二十面体鉱と十角形鉱は実際に宇宙に存在したことが確認されているものです。

 「準結晶」は奇妙な存在です。普通の結晶は、原子が一定の規則で並んでおり、同じ配列を繰り返します。しかし準結晶は、原子を並べる数学的な規則が存在する一方、二度と同じ配列が現れることがありません。少し難しい言葉を使えば、普通の結晶は並進対称性と原子配列の秩序性をもつものの、準結晶は並進対称性がないにもかかわらず原子配列の秩序性を持ちます。これが準結晶です。

 準結晶は配列が一定ではない以上、特定の方向というものがないため、結晶とは異なる性質を持ちます。例えば、多くの結晶は特定の方向で割れやすい性質を持ちますが、準結晶にはそのような割れやすい方向がありません。また、金属でできていたとしても硬くて脆く、電気抵抗が高いという性質を持つため、準結晶の金属は金属というよりもセラミックのような性質を持ちます。

 準結晶の原子の並び方を決める数学的な規則は、3次元空間ではうまくいかず、より高次元の空間でうまくいくことから、準結晶の事を“高次元の結晶”と呼ぶ人もいますが、準結晶そのものは実際に3次元空間に存在する以上、やや語弊のある言い方となります。ただしその性質は実際かなり奇妙であり、初めは数学的に存在不可能とされ、次は物理的に合成不可能だと言われました。

 1982年にダニエル・シェヒトマンによって世界で初めて準結晶が発見されたときも(準結晶と特定されなかった合成報告自体はこれ以前にもある)、まずは発見者自身が2年間データを検証し、その後10年ほどは賛否両論の激しい議論にさらされました。しかし1992年に国際結晶学連合は準結晶の存在を踏まえて「結晶」という言葉の定義の変更を行い、2011年には準結晶の発見がノーベル化学賞の対象となるなど、現在では準結晶の存在は広く認められています。

「ハティルカ隕石」には "宇宙産" 準結晶が含まれている

 さて準結晶について、まずは数学的に不可能だということが否定され、次に物理的に存在不可能だということが否定されましたが、次に出てきたのは「実験室のような厳密に制御された環境でないと合成不可能」という説でした。

 確かに準結晶の合成が始まった当初は、液体状態から急冷して作られる金属合金の準結晶が多数派で、熱すると普通の結晶に変化するなど、ほとんどは不安定な存在でした。このため、天然環境で準結晶が生成し、ましてそれが発見されるというのは、初めは予測されていませんでした。

 しかしながら、準結晶に対する私たちの認識はまた誤っていたようです。フィレンツェ大学のルカ・ビンディさんなどの研究チームは2009年に、ロシアのコリャーク山脈で発見されたサンプルから、天然に存在するものとしては初めて準結晶の鉱物が発見されました。

 しかも詳細な分析の結果、サンプルは地球の岩石ではなく、45億年前に生成された隕石であると確認され「ハティルカ隕石」と命名されました。つまりこの準結晶は、45億年前の太陽系誕生時に形成された後、ずっと安定状態で存在し続けたことが示されました。天然環境で準結晶が生成されるだけでなく、数十億年という長期間にわたって安定して存在し続けるとは驚きの発見です。

 初めて発見された準結晶の鉱物はAl63Cu24Fe13の組成を持ち、その結晶構造にちなんで「二十面体鉱(Icosahedrite)」と名付けられました。2015年には2番目の例としてAl71Ni24Fe5の組成を持つ「十角形鉱(Decagonite)」が発見されており、少なくとももう1種類の、まだ名前が付けられていない準結晶鉱物が見つかっています。

 これらの準結晶が存在することから、ハティルカ隕石は地球への落下前に他の天体と衝突し、1200℃以上の温度と50万気圧(5GPa)以上の圧力を経験した結果、準結晶が生成された可能性があります。

 この発見事例から、次は「ハティルカ隕石はかなり例外的であり、準結晶は天然環境では珍しい存在である」という仮説が浮かぶかもしれません。現時点でその答えは出ていないものの、現時点ではこの仮説も誤っている可能性があります。あくまで半人造の例ではあるものの、砂と電線の混ざりものに高圧電流や原子爆弾が接触するという極端な状況によって、非意図的に準結晶が生成することを確認できています。

 このような高エネルギー状態は、ハティルカ隕石で既に示されている通り、宇宙では普通に発生する現象です。目に見えないほど小さくて目立たない存在なだけで、宇宙では普通の結晶構造の鉱物より、準結晶の鉱物の方がより普遍的に存在する可能性すらあります。

 余談ですが、この章を書き上げるために参照した8本の論文は、全てルカ・ビンディさんが筆頭著者となっています。ルカ・ビンディさんはさまざまな鉱物を発見しているスペシャリストであり、今回取り上げた天然3種類・半人造2種類の天然産準結晶の発見・分析に関わっています。

参考文献

Luca Bindi, et al. “Natural Quasicrystals”. Science, 2009; 324 (5932) 1306-1309. DOI: 10.1126/science.1170827

Luca Bindi, et al. “Evidence for the extraterrestrial origin of a natural quasicrystal”. Proceedings of the National Academy of Sciences, 2012; 109 (5) 1396-1401. DOI: 10.1073/pnas.1111115109

Luca Bindi, et al. “Natural quasicrystal with decagonal symmetry”. Scientific Reports, 2015; 5, 9111. DOI: 10.1038/srep09111

Luca Bindi, et al. “Decagonite, Al71Ni24Fe5, a quasicrystal with decagonal symmetry from the Khatyrka CV3 carbonaceous chondrite”. American Mineralogist, 2015; 100 (10) 2340-2343. DOI: 10.2138/am-2015-5423

Luca Bindi, et al. “Collisions in outer space produced an icosahedral phase in the Khatyrka meteorite never observed previously in the laboratory”. Scientific Reports, 2016; 6, 38117. DOI: 10.1038/srep38117

Luca Bindi, et al. “Accidental synthesis of a previously unknown quasicrystal in the first atomic bomb test”. Proceedings of the National Academy of Sciences, 2021; 118 (22) e2101350118. DOI: 10.1073/pnas.2101350118

Luca Bindi, et al. “Electrical discharge triggers quasicrystal formation in an eolian dune”. Proceedings of the National Academy of Sciences, 2022; 120 (1) e2215484119. DOI: 10.1073/pnas.2215484119

Luca Bindi, et al. “Are quasicrystals really so rare in the Universe?”. American Mineralogist, 2020; 105 (8) 1121-1125. DOI: 10.2138/am-2020-7519



Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

前のページへ |       
ページトップに戻る