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コラム

なぜPayPayは家計簿アプリと連携されないのか 日本の決済データを巡る“構造的な課題”(3/3 ページ)

コード決済の本丸ことPayPayは、家計簿アプリと連携できない。なぜか──この素朴な疑問は、実は日本の決済データを巡る構造的な課題と結びついている。

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日本は銀行だけが実質的に義務、決済は任意

 翻って、日本の状況はどうか。

 17年の銀行法改正により、日本でも銀行のAPI化は進んだ。法的には努力義務だが、金融庁の後押しの他、当時の内閣による「未来投資戦略」のKPIに位置付けられたことで、ほとんどの銀行がAPIを整備した。

 ただし、それはあくまで銀行に限った話だ。クレジットカードや電子マネー、QR決済といった決済サービスは、法制度の対象外である。API連携を提供するかどうかは、事業者の判断に委ねられている。

 廣瀬氏はこう指摘する。

 「クレジットカードや電子マネーは、API化がまだ進んでいない。銀行についてはかなり整備されてきたが、クレカや電子マネーはまだなので、接続が難しかったり、そもそも接続できなかったりする状況だ」

 銀行は実質的に義務、決済は任意──この「ねじれ」が、日本の現状である。

 しかし、そうした中でもようやく動きが出始めた。24年11月、デジタル行財政改革会議で、データ利活用制度の検討が始まった。医療・教育と並んで、金融が重点分野に位置付けられ、クレジットカードや電子マネーといった決済データの活用が、検討の対象に挙がった。

 会計ソフトや家計簿アプリの提供事業者を提供する事業が所属する電子決済等代行事業者協会(電代協)は、この会議で切実な懸念を伝えている。現在、多くの大手決済サービスが、API連携ではなくスクレイピングという非公式な接続方法に頼っている。ところが、セキュリティ強化のための新しい認証技術(パスキー)の導入により、数年内にスクレイピングが使えなくなる可能性があるというのだ。API化が進まないまま接続が遮断されれば、家計簿アプリも会計ソフトも使えなくなる。ユーザーと事業者の双方に、大きな不利益が生じる。

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国内主要な電子決済等事業者のAPI連携状況一覧。配布者限定のため、具体的な事業者名は塗りつぶされている。クレジットカード、電子マネー、証券会社それぞれについて、APIとスクレイピングのどちらで連携可能かが示されている。多くの事業者がスクレイピングのみ対応しており、API対応は限定的であることが分かる(デジタル行財政改革会議に人電子決済等代行事業者協会が提供した資料より)
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スクレイピングとAPIアクセスの技術的比較。スクレイピングはアプリにID・パスワードを預ける必要があり、金融機関の画面変更で停止するリスクがあるのに対し、APIアクセスは認可された範囲のみアクセスでき、30分間の短期トークンで接続するため安全性が高い。ただし、APIは有償化の可能性がある点が課題として残る(デジタル行財政改革会議に人電子決済等代行事業者協会が提供した資料より)

 ただし、議論は始まったばかりだ。制度が整うまでには、まだ時間がかかる。その間、決済データは事業者の判断次第という状態が続く。それは制度の問題というより、ユーザーの権利をどこまで重視するかという、事業者の姿勢の問題である。

「データは自分のものだ」という意識

 冒頭の問いに戻ろう。なぜPayPayは家計簿アプリと連携できないのか。

 答えははっきりしている。技術的にはできる。しかし、やらない。日本には、それを義務付ける仕組みがないからだ。

 ただし、この問題の本質は、制度の不在だけにあるのではない。

 日本では、決済の履歴は事業者が管理し、必要に応じて「提供してくれるもの」だという感覚が根強い。

 だが、考えてみてほしい。医療データは誰のものだろうか。

 自分の病歴や検査結果は、病院が管理している。しかし、それは本来その人自身のものだ。だからこそ、世界では患者が自分の医療記録を自由に取り出し、他の医療機関に持っていける仕組み──PHR(Personal Health Record)──が整備されつつある。セカンドオピニオンを求めるとき、転院するとき、自分のデータを自分で管理できることは、医療における基本的な権利として認識されている。

 決済データも同じではないだろうか。

 自分がどこで何を買い、いくら使ったか──それは、事業者に預けているだけで、本来は自分のものである。それを自由に取り出し、自分の判断で使えるようにすることは、当然の権利だと言えないだろうか。

 制度が変わるのを待つだけでなく、ユーザーの側に「データは自分のものだ」という意識が広がることが、事業者の姿勢を変え、制度を動かす力になる。

 PayPayが家計簿アプリと連携できない理由は、技術の問題でも、制度の問題だけでもない。それは、私たち自身が、自分のデータをどう捉えるかという問いでもある。

【訂正:2025年11月4日午後2時50分 一部表記に誤りがあり、修正いたしました】



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