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「眠りに落ちる」は“約2分前に急激に起こる” 英ICLなどの研究者らがNature系列誌で発表Innovative Tech

英インペリアル・カレッジ・ロンドン(ICL)などの研究者らは、脳が覚醒状態から睡眠状態へと切り替わるプロセスを数学的アプローチで解析した研究報告を発表した。

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Innovative Tech:

このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。

X: @shiropen2

 英インペリアル・カレッジ・ロンドン(ICL)などの研究者らがNature Neuroscienceで発表した論文「Falling asleep follows a predictable bifurcation dynamic」は、脳が覚醒状態から睡眠状態へと切り替わるプロセスを数学的アプローチで解析した研究報告だ。


机の上で寝ている女の子のイラスト(絵:おね

 人間は人生の約3分の1を睡眠に費やしているにもかかわらず、脳がどのようにして覚醒状態から睡眠状態へと移行するのか、その詳細なメカニズムは神経科学における最大の謎の一つとして残されてきた。

 研究チームはこの課題に対し、1000人以上の参加者から収集した脳波データを用いて新しい手法で解析。脳波から抽出した47〜50種類種類の特徴量(周波数成分、複雑性、同期性など)を多次元空間上の座標として扱い、覚醒時の座標から睡眠時の座標までの距離を「睡眠距離」として定量化した。

 データ解析の結果、睡眠距離は睡眠に入る約10分前まではほぼ一定に保たれるが、その後徐々に減少し始め、最後急激に減少することが判明。この急激な変化が起きる点を「転換点」(ティッピングポイント)と呼び、いわば「もう引き返すのが難しい地点」であり、それは睡眠に入る2.25分前(個人レベルでの中央値)に現れることが分かった。グループレベルでは約4.5分前だった。

 この転換点に至る前に「臨界減速」と呼ばれる前兆現象を観察。これは睡眠距離の分散と自己相関が増大し、脳が覚醒状態を維持することが次第に困難になっていく様子を指す。臨界減速は緩やかな減少だが、転換点を過ぎると崖に落ちるように急激に減少する。


睡眠に入る10分前はあまり変わらないが、その後徐々に下がり、転換点を過ぎると睡眠距離が急激に減少

 これらの結果は、覚醒から睡眠への移行は段階的な進行ではなく、最後の数分間に起こる突然の変化であることを示している。しばしば、眠りに入ることを「眠りに落ちる」と表現するが、言い得て妙といえる。また、この転換点の約70%が、意識がはっきりしている覚醒時期に発生していることも分かった。

 脳波の変化を見ると、β帯域のピーク周波数が約21Hzから15.5Hzへと急激に低下し、同時にシータ帯域のパワーが増加していることが分かった。これらの変化は、脳が覚醒時の活発な情報処理モードから、睡眠時の休息・回復モードへと切り替わることを反映している。

 脳の部位による違いも明らかになった。後頭部は前頭部よりも早く転換点に到達していた。これは睡眠への移行が脳全体で一様に起こるのではなく、部位ごとに異なるタイミングで進行することを意味している。

 36人の検証実験では、たった一晩の睡眠データから、その後の睡眠パターンを約95%の精度で予測することに成功。個人の睡眠への入り方は毎晩ほぼ同じであるため、一度測定すれば「あと何分で眠るか」をリアルタイムで予測できるわけだ。

Source and Image Credits: Li, J., Ilina, A., Peach, R. et al. Falling asleep follows a predictable bifurcation dynamic. Nat Neurosci(2025). https://doi.org/10.1038/s41593-025-02091-1



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