極度の睡眠不足で死ぬのはなぜ? 米国チームが2020年にハエで実験 “寝なくても死なない方法”も検証:ちょっと昔のInnovative Tech
米ハーバード大学医学部などに所属する研究者らは2020年、重度の睡眠不足が死に至る理由を発見した研究報告を発表した。
ちょっと昔のInnovative Tech:
このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。通常は新規性の高い科学論文を解説しているが、ここでは番外編として“ちょっと昔”に発表された個性的な科学論文を取り上げる。
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米ハーバード大学医学部などに所属する研究者らが2020年に発表した論文「Sleep Loss Can Cause Death through Accumulation of Reactive Oxygen Species in the Gut」は、重度の睡眠不足が死に至る理由を発見した研究発表だ。
睡眠不足が身体に悪影響を与えることは広く知られているが、極度の睡眠不足がなぜ死に至るのか、その具体的なメカニズムは長年の謎であった。
研究チームはショウジョウバエを用いて、複数の方法で睡眠を妨げる実験を行った。具体的には、温度感受性のイオンチャネルを神経細胞に発現させて睡眠を抑制する方法、機械的な振動を与え続ける方法、睡眠調節遺伝子の機能を失わせる方法などだ。
いずれの方法でも、睡眠を90%以上奪われたハエは約10日後から死に始め、通常の寿命よりもはるかに短命となった。
睡眠不足のハエの体内を調べたところ、脳や筋肉などの組織には大きな変化が見られなかったが、腸だけに顕著な異常が認められた。腸内で活性酸素種(ROS)と呼ばれる有害な分子を蓄積させ、これが死因となることが明らかになった。
腸内では活性酸素種が徐々に蓄積し、10日目にピークに達していた。活性酸素種は不安定で反応性が高い分子であり、DNAやタンパク質、脂質などの生体分子を酸化させて損傷を与える。実際に、睡眠不足のハエの腸では、DNA損傷、ストレス顆粒の形成、リソソームの増加、細胞死などの酸化ストレスの兆候を観察できた。
睡眠不足の影響を調べるため、ハエから10日間睡眠を剥奪し、その後異なる期間自由に睡眠させてから再度睡眠を制限した。その結果、5日間や10日間の回復睡眠では最初の睡眠剥奪の影響を完全に払拭するには不十分だった。
しかし、15日間の回復睡眠を確保した場合、ハエは完全に回復したように見え、その後の生存期間は通常のハエと同程度になった。このことから、睡眠不足によって体内にダメージが徐々に蓄積され、回復期の睡眠中にそのダメージも徐々に修復されていくことを示唆している。
この現象がハエだけの特殊な反応でないことを確認するため、研究チームはマウスでも同様の実験を行った。マウスを5日間継続的に睡眠不足にしたところ、小腸と大腸で活性酸素種の蓄積を確認。脳や肝臓、心臓、肺などの他の臓器では変化が見られなかったことから、腸が睡眠不足に対して特に脆弱であることを示唆した。
最も重要な発見は、活性酸素種の除去により睡眠不足でも生存できることだ。研究チームは53種類の抗酸化物質を試験し、そのうち11種類が睡眠不足のハエの寿命を正常化できることを発見した。効果があった物質には、メラトニン、リポ酸、NADなどが含まれていた。これらの物質を与えられたハエは、睡眠時間は増加しないにもかかわらず、正常な寿命を維持した。
さらに、遺伝子工学的手法を用いて腸内でのみ抗酸化酵素を過剰発現させたところ、睡眠不足のハエでも生存期間が延長した。対照的に、神経系で同じ酵素を発現させても、わずかな効果しか得られなかった。これは、腸が睡眠不足による致死的な活性酸素種の主要な発生源であることを示している。
Source and Image Credits: Vaccaro A, Kaplan Dor Y, Nambara K, Pollina EA, Lin C, Greenberg ME, Rogulja D. Sleep Loss Can Cause Death through Accumulation of Reactive Oxygen Species in the Gut. Cell. 2020 Jun 11;181(6):1307-1328.e15. doi: 10.1016/j.cell.2020.04.049. Epub 2020 Jun 4. PMID: 32502393.
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