「脳を覆う電極シート」、香港チームが開発 数ミリの穴から挿入し展開 ビーグル犬で検証、術後1日で退院:Innovative Tech
香港大学などの研究者らは、脳表面上の広い面積に電極シートを配置できる低侵襲術式を提案したプレプリントを発表した。
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このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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香港大学などの研究者らが発表したプレプリント「Guidewire-driven deployment of high density ECoG arrays for large area brain-computer interface」は、脳表面上の広い面積に電極シートを配置できる低侵襲術式を提案した研究報告だ。
従来、ブレイン・コンピュータ・インタフェース(BCI)に必要な電極デバイスは頭蓋骨を大きく開く埋め込み手術が必要だったが、今回開発されたガイドワイヤ駆動型BCIは、わずか4〜8mmの穴から挿入できるという。
このデバイスは、厚さ21μmの極薄フィルム電極アレイ。2cm四方の面積に256個の電極を配置したこのデバイスは、折り畳んで小さな穴から挿入し、脳を覆う硬膜の上で4平方cmまで展開できる。
手術では、まず頭蓋骨に8mmの穴を1つ、4mmの穴を3つ開ける。折り畳んだデバイスを8mmの穴から挿入し、デバイスの角に取り付けたガイドワイヤを3つの小さな穴から引き出す。このワイヤを引っ張ることで、デバイスが脳の硬膜上で展開される。標準的な脳外科器具のみを使用し、手術は約2時間で完了する。
研究チームはビーグル犬を用いて実証実験を行った。犬の聴覚野に電極アレイを設置し、100Hz、1000Hz、1万Hzという異なる高さの音を聞かせたときの脳活動を記録。結果、それぞれの音に対して明確に異なる神経活動パターンを観察した。また機械学習を用いて神経信号を解析したところ、どの高さの音を聞いたかを80%以上の精度で判別できた。
この技術の利点は、手術の侵襲性を大幅に低減できることだ。従来の開頭手術では、脳の腫れ、炎症、感染症などの合併症リスクが高かったが、新しい方法では小さな穴から挿入するため、これらのリスクを最小限に抑えられる。実験では、手術を受けた犬が翌日には正常に活動できるようになり、MRI検査でも手術直後および手術2週間後に脳の構造に変化がないことを確認した。
この技術が実用化されれば、さまざまな医療応用が期待できる。人工内耳が使用できない聴覚障害者への新しい聴覚補助装置の開発、思考だけで機械を制御するBCIの実現、てんかん発作の精密な検出と治療など、幅広い分野での活用が見込まれる。
Source and Image Credits: Zou, T., Xiao, N., Weng, R., Guo, Y., Chan, D.T., Leung, G.K., Engineering, P.K., Kong, T.C., Kong, H., Limited, A.B., Park, H.K., Division, N., Surgery, D.O., & Kong, T.C.(2025). Guidewire-driven deployment of high density ECoG arrays for large area brain-computer interface.
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