“図書館の本が多い街”ほど要介護者が少ない──図書館と高齢者の関係、京大と慶大が調査 7万人以上を対象:ちょっと昔のInnovative Tech
京都大学と慶應義塾大学に所属する研究者らは3月、日本の公共図書館とその街に住む高齢者の機能障害リスクの関係を調査した研究報告を発表した。
ちょっと昔のInnovative Tech:
このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。通常は新規性の高い科学論文を解説しているが、ここでは番外編として“ちょっと昔”に発表された個性的な科学論文を取り上げる。
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京都大学と慶應義塾大学に所属する研究者らが3月に発表した論文「Public libraries and functional disability: A cohort study of Japanese older adults」は、日本の公共図書館とその街に住む高齢者の機能障害リスクの関係を調査した研究報告だ。
日本の高齢化が急速に進む中、高齢者の機能障害予防は差し迫った課題となっている。65歳以上の人口が全体の29.1%を占め、そのうち約680万人が何らかの機能障害を抱える現状において、地域社会における予防策の重要性が増している。このような背景の下、公共図書館が高齢者の健康維持に果たす役割について、日本老年学的評価研究(JAGES)による大規模な追跡調査が実施された。
この研究は2013〜21年にかけて、日本の19自治体に居住する7万3138人の高齢者を対象に行われた。参加者は調査開始時点で身体的・認知的に自立しており、平均7.3年の追跡期間中に1万6336人(22.3%)が要支援・要介護認定を受けた。研究では、各自治体の人口当たりの図書館蔵書数と図書館数を主要な指標として、機能障害発症リスクとの関連を分析した。
調査の結果、人口当たりの図書館蔵書数が多い自治体では、機能障害の発症リスクが有意に低下していた。具体的には、人口1人当たりの蔵書数が10冊増加すると、機能障害リスクが約34%減少することが明らかになった。また、人口当たりの図書館数についても同様の傾向が見られ、図書館が1館増えると機能障害リスクが48%減少するという結果が得られた。
さらに、この関連は個人の読書習慣を統計的に調整した後も維持された。つまり、図書館の存在は、個人が実際に本を読むかどうかとは別に、地域全体の高齢者の健康に好影響を与えている可能性がある。これは図書館が単なる読書の場としてだけでなく、地域社会における多面的な機能を果たしていることを示唆している。
図書館が高齢者の健康に寄与するメカニズムとして、研究者らは3つの要因を提示している。第1に、図書館は地域の文化資本として機能し、知的好奇心を刺激する役割を果たす。多様なジャンルの書籍に触れる機会や、図書館で開催される文化イベントへの参加は、認知機能の維持に寄与する。
第2に、図書館は社会参加の場としての機能を持つ。読み聞かせボランティアや読書会などの活動は、高齢者に社会的役割を提供し、孤立を防ぐ効果がある。第3に、図書館への外出は軽度の身体活動を促進する。定期的な外出は座りがちな生活を改善し、身体機能の維持に貢献する。
Source and Image Credits: Saeko Otani, Koryu Sato, Naoki Kondo, Public libraries and functional disability: A cohort study of Japanese older adults, SSM - Population Health, Volume 29, 2025, 101762, ISSN 2352-8273, https://doi.org/10.1016/j.ssmph.2025.101762.
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