破天荒アニメが“教材”に? 「邪神ちゃん×大学」の異色コラボにみる、中堅IPの生存戦略:まつもとあつしの「アニメノミライ」(3/4 ページ)
破天荒ギャグアニメ『邪神ちゃんドロップキック』が、大学のSNSリテラシー教材になった。意外な組み合わせだが、共栄大学の伊藤准教授と宣伝プロデューサーの柳瀬氏(柳は異字体が正式表記)に取材すると、中堅IPの生存戦略と、アニメ業界が抱える構造的課題が見えてきた。製作委員会システムの「合理化」が進む中、さざ波も起きない状況をどう打破するのか。異色コラボの舞台裏を聞いた。
「予算●万円」の衝撃と、製作委員会の構造的欠陥
──今回の教材は主演声優のお二人が声をあて、キャラクターはLive2Dで動いていますが、制作費はどうされたのですか?
伊藤:もちろん研究費で制作しました。ただ、ご存じの通り研究費の額は……正直、普通の製作委員会には口が裂けても相談できない金額です。「柳瀬さん相手だから、なんとか話を聞いてもらえるかも」と、ダメ元で切り出しました(笑)。
柳瀬:具体的な金額は伏せますが、商業アニメの単価では到底受けられない、「1本●万円」といったレベルです(笑)。通常なら即座に門前払いする金額ですが、今回は伊藤先生の熱意と、これまでの関係値、そして他の仕事と組み合わせるなどの工夫、何よりも鈴木愛奈さん、大森日雅さんをはじめとするスタッフ・キャストの協力があって実現しました。
──ここで重要なのが、なぜこうした「面白いコラボ」が他ではなかなか生まれないのか、という点です
柳瀬:それは「コストパフォーマンス」のてんびんの問題ですね。
通常、製作委員会が外部とコラボする際は、てんびんにかけます。「お金がもらえるか」あるいは「手間がかからないか(相手が全部やってくれるか)」のどちらかがないと動きません。
例えば、大手グッズ制作会社さんのような企業から「グッズを作りたい」と言われたら即決です。彼らは商品企画から販売まで全部やってくれて、製作委員会にはロイヤリティーが入る。手間がなく実入りがいい。
一方で、国のお役所と大型IPが組むような巨大な案件なら、手間はかかっても莫大な予算がつきます。
──「お金」か「労力」か、どちらかが満たされれば成立すると
柳瀬:そうなんです。しかし『邪神ちゃん』のような中堅IPで、かつ今回の教材のようなニッチな案件は、お金もないし、監修などの人的リソースも割かなければならない。合理的に考えれば、分布図の「やらない」ゾーンに入ってしまいます。
でも、『邪神ちゃん』はこの分布図の「線の上」ギリギリを攻めているんです。「お金はかからないし手間もかかるけど、認知拡大や話題作りにはなる」という判断です。
アニメ業界の「ホワイト化」が招く「さざ波も起きない世界」
柳瀬:私は今の業界に対して危惧していることがあります。それは「ホワイト化」と「合理化」が行き着く先です。
現在の製作委員会システムは、リスク分散が徹底されています。それはビジネスとして正しい進化なのですが、結果として誰もリスクを取らず、システムの一部として淡々と仕事をこなすだけの状態になりつつあるように見えます。「さざ波も起きない」世界です。
──失敗しないことが優先されている?
柳瀬:「これは海外と配信で値段がつかないので制作しません」「原作が売れていて、制作会社が強いので制作します」「毎クール何本までは異世界ものを作ります」統計学的に「これだけ投資すれば年5%成長します」という分散投資の世界です。
でも、私はエンタメって誰かの「狂気」や「情熱」、合理の外側から生まれることが多いよなあと思っていて、かつては、お金がなければプロデューサーが私財を投じたり、クリエイターが命を削ったりして、何か「おかしいもの」が生まれてきた。
それが今は完全にシステム化され、担当者は「正気」のまま仕事をしています。合理性だけで判断していたら、『邪神ちゃん』が教育番組やるなんて企画は、稟議書にハンコが押される前にごみ箱行きですよ。
──Zoomでの製作委員会ミーティングの話も印象的でした
柳瀬:あ、数十人が参加するオンラインミーティングで、画面には「黒い長方形(カメラオフのアイコン)」が並んでるやつですね。ファシリテーターが一方的に喋り続ける配信番組みたいな。移動しなくていいですし、他の仕事しながら参加できますし、とても合理的ですね。しかし果たしてそこに情熱や狂気は宿るのかとも思います。
──そこを突破するには何が必要なのでしょうか
柳瀬:担当者の強い意志とビジネスセンスだと思います。一見合理性のラインを下回っているように見えても、「それでも私はこれをやりたいんだ」と言える力と、やった結果成果を出さないと次につながらないのでやっぱり先見性も必要です。
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