「30秒1万円」の動画翻訳が大手に刺さった理由──7度目の起業で見つけた、AI時代の勝ち筋(3/3 ページ)
AI動画翻訳サービスが、アパホテルや大手アパレル、テレビ局に次々と導入されている。手掛けるのは2024年3月設立のこんにちハロー。取締役COOとして経営全般を見る早見泰弘氏は、これが7度目の起業となるシリアルアントレプレナーだ。
AI時代の「モート」はどこにあるか
生成AIで起業のハードルが下がったということは、競合のハードルも同じだけ下がったことを意味する。HeyGenのようなAIプラットフォームは月額24ドルから使える。動画の多言語化自体は、やろうと思えば誰でもできる時代だ。では、こんにちハローの参入障壁はどこにあるのか。
「テレビ局などはまず自分たちでやってみる。で、うまくいかない。そこから発注が来る」。泰弘氏はそう語る。AIツールは誰でも触れるが、商用レベルの動画に仕上げるには、どのAIがどの用途に向いているかを知り尽くしている必要がある。「そのノウハウを固めるだけで2年かかった」。
蓄積してきたのはノウハウだけではない。同社はHeyGenやElevenLabsといった主要な音声・動画系AI企業と直接契約し、通常のユーザーには開放されていない機能やライセンスを確保している。CEOの星吾氏は東京大学を経てスタンフォード大学に在籍しており、シリコンバレーでHeyGenのCEOやCTOと直接会い、Alphabetのトップにプレゼンするなど、現地でAIベンダーとパートナーとしての関係を築いてきた。
翻訳スタッフも700人以上と提携し、37言語をカバーする。英語や中国語の人材は豊富だが、ヒンディー語やアラビア語となると確保が難しい。「留学生のネットワークを地道に広げてきた結果だ」と泰星氏は話す。
もっとも、AIの精度が劇的に向上し、人のチェックが不要になる日は来ないのか。泰弘氏はこう切り返す。「IRのリリースをChatGPTに作らせて、ノーチェックで株主に発表する会社がありますか」。文章の翻訳は1次元だが、動画は声、イントネーション、表情と複数の要素が絡む。関西弁の「オカン」を寒気の「悪寒」と訳してしまうような同音異義語の問題、「お前さん」の言い方1つで変わる感情の機微──こうした領域では当面、人の判断が欠かせないという見立てである。
起業のハードルは下がった、ただし──
「AIがなかったら、そもそもこの事業はできなかった」。泰弘氏はそう認めたうえで、こう続ける。「ただ、どの市場にどういうサービスをどう売るかという経営の根本は、30年間まったく変わっていない」。
こんにちハローの経営には、AI以前の起業で培った原則が随所に息づいている。固定費を極力かけず、翻訳スタッフもエンジニアも変動費で回す。事務所は築地のマンションの一室。コア人員は営業担当の泰星氏、技術を束ねる相棒とAIチーム7人、翻訳チーム3人に外部パートナー、管理を担う家族。全員がリファラルで集まった。
一方で、AI時代ならではの変化も感じている。かつては売り上げを伸ばすには人を増やすしかなかった。150人の社員を200人、300人にする労働集約型の成長モデルである。「今はAIを選ぶノウハウをブラックボックス化してしまえばいい。分業もできる」。人を増やす代わりに、AIの選定と組み合わせの知見を蓄積することがスケールの手段になった。
今後の展開先として見据えるのは、お笑いやアニメといったIP(知的財産)系のコンテンツである。すでにテレビ局の番組を8言語に翻訳し、週2本ペースでYouTubeに投稿する取り組みが進んでいる。アニメは声優協会との権利関係が壁になっているが、お笑いは本人と事務所がOKを出せば動ける。「爆発的に進んでいる」と泰弘氏は手応えを語る。
取材の終盤、これからAIで起業する人へのメッセージを尋ねた。泰弘氏は少し間を置いてから、こう答えた。「経営そのものはあまり変わらない。AIに踊らされないようにすべきだ」。築地のマンションの一室から、親子3人で回すAI動画翻訳の会社は、今期2億円のペースで走っている。
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