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列車が「動くデータセンター」に?――フィジカルAIは社会インフラにも“効く” NVIDIAと日立の見立て(1/2 ページ)

「フィジカルAI」という言葉が急速に広まっている。ただその多くはロボットの文脈で語られる事が多い。だが現実にAIが浸透しようとしているのは、工場で働く機械の同僚だけではない。列車、発電所、ワクチンの製造ラインなど、日常を支える社会インフラそのものが、次の舞台になりつつある。NVIDIA×日立のトークセッションから、フィジカルAIの社会実装をひもとく。

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 「フィジカルAI」という言葉が急速に広まっている。ただその多くはロボットの文脈で語られる事が多い。だが現実にAIが浸透しようとしているのは、工場で働く機械の同僚だけではない。列車、発電所、ワクチンの製造ラインなど、日常を支える社会インフラそのものが、次の舞台になりつつある。

 その具体像を示してくれたのが、日立製作所の米国法人であるHitachi America CMOのArya Barirani氏だ。1月に米ラスベガスで開催されたCES 2026で行われた、米NVIDIAのエッジAI・ロボティクス担当副社長Deepu Talla氏とのトークセッションから、社会インフラ向けAIソリューションスイート「HMAX by Hitachi」(以下、HMAX)をフックに、フィジカルAIの社会実装についてひもとく。

求められる正確さが全く異なる「フィジカルAI」

 Barirani氏はフィジカルAIを「物理世界を知覚し、推論し、相互作用し、行動し、移動するAI」と定義する。これまでのAIは主にクラウド上で動くデジタル処理に特化していた。それが今、発電所・鉄道・工場という現実の空間へと入り込んでいるという。

 「AIというとロボットを想像される方が多いが、私たちが注目しているのはもっと身近な社会インフラだ」とBarirani氏は言う。変圧器・送電網・列車・信号システム、あるいはワクチンを培養するバイオリアクターなど、こうした社会インフラこそが日立にとってのフィジカルAIの主戦場だという。


生成AIと全く異なるフィジカルAI

 生成AIとフィジカルAIでは求められる正確性の次元が違う。Talla氏は「フィジカルAIが要求する精度は“ナイン(9)の数”で語られる」と表現した。ビル管理システムなら6ナイン(99.9999%)、自動運転なら10ナイン、外科用ロボットなら15ナインの精度が必要になるという。ChatGPTの誤回答が情報品質の問題にとどまるのに対し、物理世界ではその影響がはるかに大きくなる、とTalla氏は話す。

 精度だけが課題ではない。Barirani氏は物理AIならではの困難として複数の点を挙げた。まず、インフラの長い寿命だ。変圧器も鉄道車両も数十年単位で稼働し続ける。AIシステムはそのライフサイクルを通じて更新が必要だが、古いインフラにはデジタル接続機能がない場合も多い。次に規制対応。鉄道・エネルギーなどの規制環境では「誰がいつ何を決定したか」の監査可能性と、AIを手動でオーバーライドできる仕組みが必須だという。人の安全や社会インフラの安定に直結するがゆえに、生成AIとは異なる厳格さが求められると強調した。


Hitachi America CMOのArya Barirani氏

NVIDIAが定義する「3台のコンピュータ」

 こうした難易度に対し、NVIDIAはフィジカルAI開発に「3台のコンピュータ」が必要と位置付けている。

 1台目はデータセンターにある「学習用コンピュータ」で、大量の計算資源でモデルを訓練する。しかし訓練済みのモデルをそのまま工場や列車に投入することはできない。工場を停止してテストするわけにはいかないからだ。そこで2台目として「シミュレーション用コンピュータ」が必要になる。「シミュレーションは速く、安全で、安価だ」とTalla氏は言う。仮想環境で並列実行することで、数百万回のテストを現実より格段に速くこなせる。品質確認が終わって初めて、現場の「運用コンピュータ」(3台目)へデプロイする、という流れだ。


NVIDIAのDeepu Talla氏

 学習データの不足もフィジカルAIの大きな壁だ。ChatGPTのような言語モデルは人類が数百年かけて積み上げた文書・書籍・Webテキストを学習できた。だが工場の異常振動や鉄道のレール振動、バイオリアクターのパラメータ異常といった「物理世界の失敗データ」は少ない。失敗は記録されにくく、意図的に再現することも難しい。

 そこで活躍するのが合成データだ。NVIDIAが公開したワールドファウンデーションモデル「Cosmos」は、ロボットや車両が動作する環境全体を生成AIで作り出す。実世界のセンサーデータをシミュレーション環境に移し、さらに生成AIで照明条件や周辺状況を多様に変えながら数百万通りのシナリオを生成できるという。実世界データは必要だが単独では不十分で、合成データで補完することでエッジケースまで対応できるようになるという。

 NVIDIAはこうしたオープンモデルの整備を加速させている。言語モデルの「Nemotron」、自動運転向けの「Alpamayo」、ヒューマノイドロボット向けの「GR00T」、バイオ医薬向けの「BioNeMo」、気候シミュレーション向けの「Earth-2」などを、モデルの重み・学習スクリプト・訓練データを含めて完全公開しているという。各企業が自社データでカスタマイズできるスターターモデルを揃えることで、フィジカルAIの普及を加速させたい考えだとTalla氏は語った。

データ×ドメイン知識×AIエコシステム=HMAX

 HMAXは、こうした技術基盤の上に構築した日立の次世代ソリューションスイートだ。対象領域はモビリティ・エネルギー・産業の3分野で、構成の核となるのが「データ」と「ドメイン知識」の組み合わせだとBarirani氏は説明する。

 日立は世界の社会インフラ向けシステムを長年にわたり運用・保守してきた。変圧器・送電線・列車・信号システム・工場設備から収集されたセンサーデータは数百万点規模に上る。この実績データを基盤とし、合成データで補強した学習セットに、鉄道・エネルギー・製造のドメイン知識を組み合わせる。さらにNVIDIAをはじめとするパートナーのAI技術として、生成AI・知覚AI・エージェンティックAI(目標に応じて自律的に計画・行動するAI)を組み込み、ソリューションとして展開するのがHMAXの設計思想だという。

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