ファースト・プレゼント〜ペンの物語 <5>小説(2/2 ページ)

» 2004年06月02日 00時00分 公開
[チバヒデトシ,ITmedia]
前のページへ 1|2       

運転席にいたのは、ユウカだった。

 なぜ、ユウカがここにいるのか、そして、あの光はなんなんだ。わかっているのは、僕の知りうる中でこの世界には存在しない武器を襲ってきた連中だけではなく、係長も持っているということだった。そして、僕には想像もつかない事が回りで起きつつあるということだけがはっきりしていた。頭がグラグラして、意識が遠のく感じがした。その後、自分の部屋のベッドで目を覚ました。どこをどう帰ったのかはわからなかったが、間違いなく次の日の朝だった。

 とにかく出社して、ユウカになぜあの場にいたのか、係長は一体どこに行ったのか、聞かなければならないと思った。だが、出社するとユウカの姿はなかった。ヤノベに彼女の所在をたずねると、急な呼び出しで今朝早く成田から海外にある開発チームのところに向かった、ということだった。ヤノベに昨日の事を話すと、笑い飛ばされてしまった。

 「まず、ユウカさんは遅くまで、出張の準備に追われていました。あれからそちらに向かうのは無理です。危険な事があったことは信じます。秘密のプロジェクトを進めていると、そういうことが絶対にない、ということはありませんから。でも、安全な日本でもそういうことが起こるんですね。それにしても、あなたの見たレイ・ガンのようなものは見間違いでしょう。銃を撃つときにも閃光は出ますからね」

 それから何事もなく一週間が過ぎた。

 ユウカが帰国する日は、営業部長が栄転でグループ内の別会社社長になるということで、祝賀パーティが行われる事になっていた。パーティはパソコンソフト事業を担当する会社の発表も兼ねたものだった。つまり、部長が上司であることには違いがなかった。

 ユウカはパーティが始まる直前に空港から直接、会場になっているホテルに駆けつけた。よれよれのTシャツにジーンズ姿であらわれたユウカは、こちらに駆け寄ってくると、スーツケースを預け、着替えてくると一言いうとすぐにどこかに行ってしまった。仕方なくユウカの荷物をクラークに預け、会場に入ると、ほどなくワンピース姿のユウカが入ってきた。その素早さに会場にいた他の女子社員が驚いていたが、僕にしてみれば、前に着物に着替えてきた時の事に比べればなんと言うこともなかった。

 パーティは一段落し、中締めとなった。ほとんどの社員は部ごとに二次会に流れていった。会場に残っていた僕は、ユウカのところに歩み寄って、声をかけた。

 「お帰り。疲れていると思うけど、後で二人だけで話がしたいんだ」

 「ええ、いいわ。でも、ほんとにくたびれたから、荷物を部屋まで運ぶのお願いしてもいいかな?」

と少しばかり不機嫌そうにそう答えた。僕は言うとおり、ユウカのマンションまで荷物を運んだ。驚いたことにユウカの部屋は、僕のマンションの真向かいで、僕の部屋が見下ろせる場所にあった。部屋には大きな窓があって、壁際に真っ白なベッドカヴァーのかかったベッドと何ものっていないデスク、部屋の真ん中に大きめのソファがあるだけのシンプルだが、趣味のよい部屋だった。しかし、少なくとも女性らしいかかどうかは疑問の残る部屋だな、と思った。

 ソファに腰掛け、何も聞かない僕にユウカは

 「いろいろと聞きたいことがあるのはわかっているけど、話は明日の朝にしてもらってもいい?」

と言って隣に座ると、僕に寄りかかって、そのまま眠ってしまった。子どものような寝顔と死線を彷徨ってきた戦士が休息するような顔が混ざった表情だった。

 目が覚めるとまだ朝にはなっていなかった。日が昇る直前の薄暮の世界だった。隣にユウカがいないことに気付いて起きあがり、シャワールームをのぞいてみても、隠れるところのないような部屋中を見回しても、ユウカの気配すらなかった。デスクの上には、ステーションにドッキングしたユウカのタブレットがあった。タブレットには電源が入っていた。思わずタブレットに触れると、画面がボワッと明るくなった。なにもないまっさらな画面にメッセージが表示され、少しすると消えてしまった。

 タブレットの画面にはこう表示されていた。英語が苦手な僕にはとっさには意味がわからなかったが、なにかの指示であることと“death”という言葉だけはわかった。“死”。いったいどういうことなんだ、そして“his”とは誰の事だというのだろう。

 振り向くといつの間にそこにいたのか、日が登りかけた窓辺にユウカが立っていた。

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.