北京上海じゃ分からない──「絶対多数」の中国人民IT事情:山谷剛史のアジアン・アイティー
もうすぐ始まるであろう“歴史ある世界規模のスポーツイベント”に合わせて多数の観光客が北京を訪れる。だが、北京や上海のような「国際都市」で目にする中国事情は、ごく一部の限られた話なのだ。
平均的な中国人民がのどかに暮らす町に行く
数多くの日本企業が“広大な”市場を求めて中国に進出している。しかし、その実態は「中国に進出している」というよりは、裕福で中国の最先端を行く「上海や北京に進出している」というのが正しい。上海や北京の市街地に住む人口を足しても2000万人くらいなわけで、中国の総人口を13億人とすれば、残りの12億8000万人が関わる地域経済圏にはまだまだ影響を与えていないことになる。
この連載では、すでに北京や上海といった中国の最先端年におけるIT事情を「『あらやだ、中国製なのこれ』──上海セレブにみる中国富豪のIT事情 」で、そして、中国奥地の農村におけるIT事情は「ITmedia +D PC USER:中国の貧しい村にITはあるか?」でそれぞれ紹介しているが、絶対多数の中国人が生活を営んでいる平均的な中国の地域経済圏といえる、「のどかな町」のIT事情を調査すべく現地に向かった。
中国の内陸部にあるその町は、地域の中心都市から20キロほど離れた場所にある。田園地帯といえど町によっては、中心都市から数十キロ離れていてもそれなりに家が続くところもあるが、調査した町は中心都市の市街地を離れると、たまに集落が現れるだけで、あとは山あいの風景が続く。
ここは「国家級貧困県」には指定されていない。しかし、商業地域は徒歩圏のなかに十分収まっていて、町を巡回する路線バスはない。人口は2万7000人で、主要産業は農業と公式な統計データにはある。町の中で見られる交通標識や看板には中国語しか書かれておらず、どこを見ても英語は見当たらない。公式の産業統計には外資系企業が存在しないことになっているが、町の風景もそのことをよく示している。
平均的な中国人民が暮らす町の「電化製品」事情
こんな「静かな」町でも家電量販店が営業している。しかし、都市部と違ってチェーン店ではなく、地場企業がその母体となっている。そのためか、店頭で扱っている製品も、「ソニー」「パナソニック」「サムスン」といった外資系メーカーはほとんど見られず、代わって「ハイアール」「TCL」「長虹」(Changhong)などの中国企業のブランドが並ぶ。こんな、「絶対多数」の中国人民が暮らす「平均的な町」でどんなIT関連製品が使われているのだろうか。
この町に隣接する大きな地方都市まで足を伸ばせば“電脳街”があるが、この町では3つのPCショップがそれぞれ異なる通りに店舗を構えていた。そのうち2つは、それぞれレノボとヒューレット・パッカード(HP)のメーカー代理店で、残る1つが自作PCも扱うPCパーツショップだ。レノボのシェアが中国で高いのはこれまでも紹介しているが、HPも中国市場における外資系メーカーの中ではシェアが高いメーカーだ。
「地方の町にも代理店を用意している」ということは、大都市に住む中国人だけを消費者として扱っている企業よりも大きな人口をカバーしているといえるわけで、なるほど中国におけるシェアが高くなるのも理解できる。
インターネットカフェは、主だった“繁華街”で3店舗を確認している。ただ、すべてのエリアを巡ったわけではないため、中国の町でよくみられる「住宅地にあるインターネットカフェ」を入れると数は増える可能性は高い。今回確認したネットカフェが利用している通信回線はいずれもADSLだった(この町では2003年に中国電信によってADSLが開通している)。
都市部ではゲーム機専門店で「PSP」や「プレイステーション 2」「Wii」などが販売されているが、この町にはそういった種類の店がない。この町で「ゲーム機」「ゲームソフト」というのは、腕時計やラジオ、ライターなどなどを販売する雑貨店で扱っている“ファミコン互換機”と、ファミコン向けのゲームがたくさん収録されている、いわゆる“100 in 1ソフト”に限られる。ここのゲーム事情は20年前からずっと変わっていないんじゃないのか?
ソフトといえば、PCソフトとその関連解説書籍だが、大都市の渡航経験が豊富で「けっこう中国に慣れています」という海外のビジネスマンなら、中国全土に展開してどんな小さな町にもある書店チェーンの「新華書店」がよりどころと思うだろう。大都市の店舗ならPC書籍コーナーや、国内外のCD、DVD、PCソフトを「正規版も海賊版も」販売しているコーナーを必ず用意されているからだ。だが、この町の新華書店にはそうしたソフトウェアを扱うコーナーやPC関連書籍のコーナーそのものがなかった。こういうあたりからも、この町における、ひいては平均的な中国人民の家庭における「PCの普及度と利用度」というのが推し量れるのではないだろうか。
この町で最も多く販売されていた“IT製品”は携帯電話とポータブルMP3プレーヤーだ。大都市では大規模携帯電話販売チェーン店で、中国製や海外製の携帯電話が店頭に豊富に並んでいるのとは対照的に、この町では小規模な店舗で中国製携帯電話だけが販売されている。ポータブルMP3プレーヤーにいたっては、ノーブランド品が主流で、中にはiPodによく似たデザインのモノまである。
こうして、この町の人たちに携帯電話とポータブルMP3プレーヤーが普及しているおかげで、町の繁華街ではいたるところで「MP3・MP4ダウンロード」と書かれた看板が掲げられていた。このあたりの「コンテンツ流通事情」も、昔から変わっていないようだ。
中国市場における「価格の中国メーカー」対「品質の外資系メーカー」の戦いにおいて、消費者が年々豊かになり、外資系メーカーも価格を下げてくるようになったため、多くの中国人が品質が優れている外資系メーカーの製品を購入する傾向がとくに大都市で目立ってきている。中国メーカーは活路を切り開くべく、今回紹介したような町に販売網を広げている。しかし、HPの代理店がすでに存在していたことが示すように、外資系メーカーも価格をさらに下げた製品を、中国全土の“のどかな町”で販売しつつある。中国メーカーの生き残りをかけた戦いは、さらに奥地へと拡大していくことになるだろう。
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