最先端のテクノロジーが作り出す風景:林信行氏オススメの展示イベント(5/5 ページ)
プロジェクションマッピングからデジタルアート、医療の歴史、新版画まで、春休みに必ず見ておきたい注目展示を林信行氏が一挙紹介。
スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツのお気に入りに会える――「魅惑のニッポン木版画」展
今日、私たちが使っているパソコンの生みの親というと、誰もが真っ先に思い受かべるのがアップルの共同創業者、故スティーブ・ジョブズとマイクロソフトの共同創業者、ビル・ゲイツの2人だろう。このパソコン文化を世界に広げた2人には、ある共通の趣味があったのをご存じだろうか。
実は2人とも浮世絵の近代化、復興を目指した「新版画」のファンなのだ。
ゴッホを始めとする世界中の画家に影響を与えた浮世絵だが、日清戦争以後は安価な石版画や写真、大量印刷技術によって姿を消していった。そんな中、明治30年ごろから、それまでの浮世絵と同様に絵師、彫師、摺師(すりし)の分業体制で、浮世絵の近代化、復興を目指した「新版画」という運動が起こる。
その代表的作家の1人が橋口五葉氏で、氏の作品「髪梳ける女(かみすけるおんな)」はスティーブ・ジョブズのお気に入りだ。30年前の1984年、、初代Macintoshの発表会でも、大画面につないだMacintoshのデモ画面の冒頭にスーザン・ケアによって白黒で描き直された本作が登場している。
スーザン・ケアは初代Macのグラフィック担当デザイナーで、初代Mac OSのほとんどのアイコン、ほとんどのフォントの文字を1人で手がけた人物だ。彼女が作品を販売するWebサイトの説明によれば「Woodcut」と名付けられた本作品は、ジョブズが所蔵していた橋口五葉の「髪梳ける女」を、初代Mac開発チームのビル・アトキンソンが開発中のスキャナで取り込み、それをスーザン・ケアが清書したようだ。
大学時代にカリグラフィに興味を持ち、そこで学んだプロポーショナルフォントを取り入れたことや、ほかの重役の反対を押し切り、Mac本体よりも高価だったレーザープリンタを商品化したことで、初代Macは現在のほとんどの印刷物の製作に使われているDTP(Desktop Publishing)という文化を生みだした。しかし、ジョブズの印刷に対する造詣の深さは、フォントだけに留まらなかったことがこの逸話から伺える。
一方、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツは、川瀬巴水の展覧会に訪れると、画廊に展示中だった全作品を買い取っていったという逸話がある。コンピューター文化創造の中心にいる2人が、日本の豊かな表現に心ひかれていたのは、日本人として何とも誇らしい。
さて、このジョブズお気に入りの橋口五葉と、ゲイツお気に入りの川瀬巴水の作品が同時に楽しめる展覧会が横浜美術館で行なわれている。同館の開館25周年を記念して開催されている展覧会「魅惑のニッポン木版画」」だ。
同展ではカルタや千代紙といった日常の生活用品に、アート性の高い木版画が使われていた江戸時代の豊かな日常から始まって、新版画や西洋版画の影響を受けた大正から昭和、日本の版画が国際的な舞台で注目を集めた1950年以降、そしてインスタレーション作品や商業製品に活用されている最新の版画作品にいたるまで、合計220点を集めた大規模な展覧会となっている。
スティーブ・ジョブズは、アップルという会社を通して「人類そのものを前進(進化)させる」道具を作っていきたいと考えていた。しかし、パソコンという何でもできる魔法の道具が世に広がると、その先の大きな目標を忘れて、ただコンピューターを使うことそのものを目的とする人々も増えてしまった。ジョブズやゲイツが見ていた“その向こう側”にある豊かな暮らしとは何なのか。その豊かな風景のヒントを、この展覧会で見つけることができるかもしれない。
最後にスティーブ・ジョブズの親友でピクサー・アニメーションスタジオのクリエイティブ・ディレクター、ジョン・ラセターの座右の銘を紹介して、本稿を締めくくりたい。
「アートがテクノロジーに挑戦し、テクノロジーがアートにインスピレーションを与える」
人類の歴史を振り返ってみると、常にそうだったのではないかと思う。より素晴らしい表現をしたいと望むアーティストがより高度な技術を求め、技術者が難しい要件に応えて素晴らしい技術を提供すると、それに勇気づけられてアーティストがさらに高度な表現に挑む。歴史的な視点が盛り込まれた「医は仁術」展と「魅惑のニッポン木版画」展では、まさにそんなことを実感できる。
「魅惑のニッポン木版画」展
期間:~5月25日(日)(木曜休館)
時間:午前10時分~午後6時まで(入館は17時30分まで)
場所:横浜美術館
公式ホームページ:http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2014/woodcut/index.html
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