ニュース

AIの時代だからこそプライバシー問題を強く意識しよう パーソナルコンピュータ誕生の背景から今に至る歩み「データ・プライバシーの日」だからこそ知りたい(2/3 ページ)

毎年1月28日は「データ・プライバシーの日」となっている。林信行氏が、PCの生い立ちから現在までに至る道のりを考察した。

インターネット広告が全てを変えた

 前置きが長くなったが、カウンターカルチャーの流れから誕生したパーソナルコンピュータは、ユーザー個人の“しもべ”であり、身体の拡張だ。ユーザーがやりたいことを実現してくれる「意志の自転車(Wheels for Mind)」であり、政府や大企業などの監視に対抗する力でもある。つまり、基本的にはユーザーの個人情報、プライバシーを守ってくれるべき存在のはずだ。

 しかし、それまで軍事機関や学術機関で限定的に使われていたコンピュータを相互接続するインターネットが、1990年から徐々に一般でも利用され始めると状況が変わってくる(日本では1993年から商業利用開始)。

 マルウェアなどを通して、個人の情報を抜き出すといったことが可能になり始めたのだ。

advertisement

 ただ、それ以上に大きなターニングポイントとなったのは、2003年に登場したGoogleのAdSenseだと筆者は感じている。2001年、GoogleがNECビッグローブやNTT東日本から支援を受け、2人の創業者が初めて来日した際に筆者はラリー・ペイジ氏をインタビューしているが、その際、彼は「Googleの収益モデルはまだ決まっていない。広告は1つの案ではあるが、それだけに依存したくない」と語っていた。

 しかし、その後、Webページに表示されている内容によって表示内容が切り替わるAdSenseが登場すると、これが大成功を収める。結局、Googleは広告収入を主軸とした企業として株式公開を行って大成功を収める。

 すると、その後のITベンチャーのほとんどが最初からこの広告収入モデルを基盤とし、広告に向けた最適化に力を入れるようになった。

 他社の広告サービスも含め、今、Webブラウジングをしている個人をいかに追跡して家族構成や経済状態や資産、車の所持や保険加入の有無、通院歴、普段どんなWebページを見ていて、どんなものを購入しているかなどあらゆる情報を監視して、それに合わせて最適な広告を表示するという流れが一気に強まった。

 Appleも最初は自社のブラウザを持たず、MicrosoftのInternet ExplorerをMacの標準ブラウザとして採用していたが、それでは最新のブラウザ機能が利用できないと言った問題に加え、Macの利用者のプライバシーを保護できないといった課題もあり、オープンソースプロジェクトとして独自のブラウザの開発を開始した。

 ポップアップ広告のブロック機能などを備えた「Safari」として2003年に発表。2005年に登場したバージョン2では、業界初となるプライベートブラウジングやペアレンタルコントロールといった、利用者や児童を保護する姿勢をより強く打ち出し始めた。

我々は既にプライバシー問題のディストピアに足を踏み入れている

 現在、IT業界で大きな力を持つ検索サービスやソーシャルメディアのサービス、そしてECのサービスは、いずれも多くの個人情報を得ることで、表示する広告やお勧めする商品を最適化して利益を増大できるビジネスモデルになっており、いずれも実際にそうした個人の監視を行ってきた過去がある。

 ただ、ある会社によるこうした個人の監視を、いよいよ無視できない問題になったと世間が知ることになる。Netflixオリジナルドキュメンタリー『グレート・ハック: SNS史上最悪のスキャンダル』でも描かれたケンブリッジ・アナリティカのことだ。

 同社はFacebookの利用者のプロフィールなどを解析して広告を操作することで、第一期トランプ政権を発足させた2016年の米国大統領選挙や、2020年のBrexit(英国のEU離脱)を後押しする情報操作をしていたことが知られており、この件でFacebook(現Meta)のマーク・ザッカーバーグ氏は何度も公聴会に呼ばれることになる。

 だが、これはプライバシー問題の氷山の一角に過ぎない。


Appleが2021年に公開した、デジタル時代におけるプライバシー意識を啓もうするデジタル小冊子「あなたのデータの一日/公園で。父と娘のストーリー」(PDF)。どれだけ多くの個人情報の搾取が行われているかを物語形式で明らかにしている

 実際には、それとは別に効率的な営業活動などのために消費者の個人情報を含むデータを売買している、データブローカーというビジネスを生んでいる。2020年時点で、このデータブローカー業は年間約30兆円のビジネスだったという。

 だが、これもまだマシだ。通常のブラウザや検索エンジンではアクセスできない「ダークウェブ」という匿名アクセスが可能なネットワークでは、武器、薬物や人身売買などに加えて、個人情報も取引されており、例えば「東京都23区に住んでいる年収○億円以上の医師」といった条件で検索をすると該当する人数が表示され、その情報を購入すると個人の住所やクレジットカード番号などの情報を簡単に手に入れられるということを、ダークウェブを研究しているセキュリティに精通した八雲法律事務所山岡裕明弁護士に教えてもらった。

 現在、問題になっている“オレオレ詐欺”や“闇バイト”による強奪に、こうしたデータが使われている可能性もあると思う。

 プライバシー保護をおざなりにしてきた現代のコンピュータ社会は、ジョージ・オーウェル氏すら予想していなかったディストピアな一面がある。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.