新世代EIZOディスプレイ「FORIS FS2333」が“超見える”理由暗部が浮かび上がる新技術“Smart Insight”の開発者に聞く(3/4 ページ)

» 2012年06月18日 10時00分 公開
[ITmedia]
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映像信号の忠実性から、現実世界の忠実性へ

―― かつてのEIZOディスプレイは、映像ソースの忠実な再現を第一に掲げていました。これに対して、Smart Insightは用途によって非常に効果的である一方、かなり大胆に元画像を変えて表示する技術です。これは、EIZOディスプレイにおける画作りの思想が変わったということでしょうか?

北氏 今回の開発にあたり、まず考えたのは「実際にディスプレイを見るというのは、どういうことなのか」という基本的なことです。

 実際に現実世界の被写体がディスプレイから人間の目に入ってくるまでには、いろいろなものが介在しています。現実世界の被写体をカメラで撮影してPCなどに伝送し、編集するまでの「Imaging」領域、その信号をディスプレイに入力して映し出すまでの「Displaying」領域、そしてそれを我々の目や脳といったHVS(ヒューマンビジュアルシステム)が解釈するまでの「Visual Perception」領域を経て、ようやく人間が知覚するという流れです。

現実世界の被写体がディスプレイに表示され、それを人間が目視するまでの流れ

 従来のEIZOディスプレイでは、この3つの領域のうち、Displayingに注力してきました。入力された映像信号をディスプレイ上で忠実に再現するための技術を磨いてきたわけです。カラーマネジメント用や医療用ディスプレイに求められる高い表示安定性はその代表例ですし、FORISが当初掲げていた画作りの「ナチュラルコンフォート」もこれに当てはまります。

 ナチュラルコンフォートとは、映像本来の色調や滑らかさを忠実に再現するというコンセプトですが、これは映像コンテンツの制作者が意図した画作りを追求して、この色はこう見せるといった思想があることを前提にしています。つまり、映像コンテンツの制作者がImagingやVisual Perceptionの領域まで考えていてくれたので、我々はそれを忠実に再現しさえすればよかったのです。

 しかし、時代は変わりました。例えば、動画共有サイトのストリーミング動画は一般のユーザーが手軽に投稿できて膨大な数のコンテンツがありますが、そのままでは見づらいノイジーな映像も多数見られます。多くの投稿者は、実際に現実世界からディスプレイに映し出され、人間が知覚するまでの撮像のボケ、信号伝送の圧縮によるノイズ、編集による劣化、目の見え方などを考慮していないのだから当然です。

 ここで我々が考えたのは、そのようなノイジーな映像はユーザーが本当に見たいものではなく、本当に見たいものは現実世界にあるもので、これをディスプレイで再現するというのが「新たな忠実性」なのではないか、ということです。我々はこの新たな忠実性に「Make Scene Alive」という名前を付け、表示技術の根底に流れる思想としました。

―― Make Scene Aliveによって、EIZOの画作りはどう進化するのでしょうか?

北氏 端的に言うと、これまではDisplayingの領域に注力してきましたが、我々の技術をImagingやVisual Perceptionの領域まで拡大することで、従来のディスプレイの概念を変えていくということです。最終的には、ディスプレイを見ているユーザーが、あたかもそこにいるかのように錯覚してしまうような技術、これを目指しています。

 ただ、Make Scene Aliveは何も従来の考え方を否定しているわけではありません。従来からの表示安定化技術やナチュラルコンフォートも内包しており、そこからさらに拡大していくイメージです。前モデルのFORIS FS2332ではSmart Resolutionという超解像技術を搭載しましたが、これこそがMake Scene Aliveの第1弾と考えています。

―― つまり、前モデルのSmart Resolutionはもともと見えていたはずの失われた解像感を復活させる技術でMake Scene Aliveの第1弾、新モデルのSmart Insightはもともと見えていたはずの暗部階調を浮かび上がらせる技術でこの第2弾、という解釈でよろしいでしょうか? こうして考えると、一貫した画作りに思えてきますね。

北氏 その通りです。どちらも忠実性を大事にしています。EIZOディスプレイが勝手に現実より色鮮やかにしてしまったり、むやみに明るくしてしまったり、ない情報を書き込んだり、といったことを目指しているのではありません。

 やはり、ディスプレイメーカーとしては映像信号に手を加えるなんてとんでもない、という考え方が根底にはありますし、先ほど話に出たカラーマネジメントなどのカテゴリーではその通りです。Make Scene Aliveを構成する技術は、現実世界を忠実に再現するという思想に基づくものとご理解ください。ただ、ゲームの場合は現実に似せた仮想現実でユーザーが見たいものを再現するという少々違ったコンセプトになりますが。

Smart Insightが再現する世界とは?

―― Make Scene Aliveの目指すところは分かりました。それでは具体的にSmart Insightの処理は、現実世界をどのように再現しようとされているのでしょうか?

安倍氏 Smart Insightの大きな特徴は、単に暗い映像を動的制御で明るくするのではなく、人間の視覚特性に基づいて処理していることです。これが現実世界の再現につながってきます。

 明るい場所で写真を撮影すると、人間の目には見えていたはずの暗部のディテールが失われることがあり、ディスプレイ上では黒くつぶれて見えます。写真データとして暗部階調の変化は記録されていますが、それをそのままディスプレイの表示階調がリニアになるようにマッピングすると、黒くつぶれてしまうようなことが起こるのです。

 視覚特性について、もう少し詳しく話をしましょう。夏の日中では、日なたの照度が約10万ルクス、日陰でも約1万ルクスあります。つまり、日陰とはいっていますが、実はかなり明るいのです。実際に撮影してみた写真データを確認すると、日なたは8万ルクス、日陰が1万4000ルクスありました。一方、蛍光灯下の屋内で照度を計測したところ、机の上は700ルクス、机の下は23ルクスでした。確かに屋外のほうが明るいですが、実際の屋外の見た目が屋内より100倍明るいか、というとそんなことはありません。その場その場で人間の目は順応して、明るさのレンジを自動的に選んでいるということなのです。

人間の目は順応により、その場その場で明るさのレンジを自動的に選んでいる。よって、実際は明暗差があっても知覚的にあまり差を感じない

 さて、液晶ディスプレイの明るさですが、自然界に比べると非常に暗くなっています。最大でも数百カンデラ/平方メートル、低階調では数カンデラ〜ゼロコンマ数カンデラ/平方メートルしかありません。ですから、もともと1万ルクスと非常に明るい照度環境が、数100カンデラ/平方メートルしか輝度がない暗いディスプレイにマッピングされてしまい、無理が生じます。ゼロコンマ数カンデラ/平方メートルという明るさは、実は明所視(光量が十分にある状況での視覚)と呼ばれる範囲の本当に下のほうで、薄明視(光量は少ないが完全な暗黒ではない状況)に近いような、人間の目では見づらい領域になってしまいます。

 明所視というのは目の錐体(すいたい、視細胞)で見ているわけですが、この錐体は人間の視界の中心部分に偏って存在しています。つまり、人間は視界の中心部分だけで、明るさや色を判別しているのです。

 したがって、人間の目は錯覚を起こします。人間の目の錐体はごく限られた部分にしか集中していないので、あるものを見る場合にその周辺の明るさに引きずられるのです。これにより、本当は同じ明るさなのに、周囲の明るさが違うと異なる明るさに見えたりします。また、錐体は色も知覚しているので、見ている色の周辺に影響されて違う色に見えることがあります。

 こうした人間の目の特性、錯覚については実は皮肉な話でして、これまではナチュラルコンフォートで入力された信号をそのままキレイに出力すればいいという考えでしたが、これでは人間の目の特性や錯覚までカバーできません。データ上は同じ色や明るさでも、実際には周囲の色や明るさによって、違うように見えてしまうからです。

 また、撮影データをそのまま液晶ディスプレイに表示しても、低階調部分は人間の目にとって暗すぎるため、実際の見え方とは異なり、黒くつぶれて見えてしまいます。つまり、撮影時はある程度明るく見えていたものが、ディスプレイに表示すると見づらくなってしまうのです。この現象は、視認環境が明るいほど、人間の目がその照度に順応しているため、特に顕著に現れます。

 そこで、どのような処理をして見づらい暗部を実際に近い状態で見やすくできるのか、という話になるのですが、我々はRetinex理論(入力画像 I=照明光 L×反射率 R)を採用しました。これは先に説明した通り、周辺の画像によって人間の目の見え方が変わってくるという理論です。人間は何かを見るとき、その周囲に影響されて、その差分を見ていることになります。この差分で大きいのが反射率の違いであり、人間の目は照明光より反射率の影響を非常に受けやすくできています。

 そして、この原理を利用した高画質化技術こそがSmart Insightなのです。画像から照明光成分と反射率成分を抽出し、人間の目にとって支配的な成分の反射率が目に見えるように(暗すぎたら見えないため)、照明光を補正してバイアスをかけることで、反射率の成分をそのまま持ち上げて明るくする、という技術になります。

視覚特性(Retinex理論)に基づく光源分離と再構成を行うSmart Insight

―― なるほど、Smart Insightが現実世界での見え方に近い処理というのは反射率を保ったまま、それを持ち上げるからなのですね。

安倍氏 そうです。もし、人間がその場所にいたら、反射率を加味した風景が見えていたはずです。もちろん絶対的な明るさは違いますが、人間の目は反射率に支配的な影響を受けるので、Smart Insightは実際に近い見え方を提供する、と我々は考えています。

 ちなみに、Smart Insightで明るさをどれだけ上げるべきかは、コンテンツにもよりますし、ユーザーの好みにもよります。なので、Smart Insightでは、コンテンツに応じて明るさの補正量を変えています。暗いシーンでは積極的に明るくするようにしますが、明るいシーンではあまり強い補正はしない、といった動的な制御を毎フレームで行っています。ユーザーの好みに応じて、5段階に強度を変えられるのはご説明した通りです。

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