ヘラクレスの「戦い」を覚悟したドイツの野望と痛み、日本はどうか:小寺信良のEnergy Future(2/5 ページ)
原発全廃の方針や、太陽光発電・風力発電の勢いばかりが伝わってくるドイツのエネルギー事情。だが、石炭と原子力の組み合わせから幾分なりとも脱却するには20年以上の取り組みが必要だった。ドイツで熱関連の住宅設備に取り組むスティーベルエルトロン(Stiebel Eltron)、その共同オーナーであるウルリッヒ・スティーベル博士に、企業から見たドイツのエネルギー政策とドイツの実情を聞いた。
アポロ計画よりも長大なエネルギーシフト
このエネルギーシフトを実現する仕事を「12のヘラクレス・タスク」*3)と呼ぶ。タスクの内容は後で紹介するとして、まずは規模感を示そう。ドイツのエネルギーシフト、すなわちカーボンゼロエネルギー社会を実現するための時間とコストがどれぐらい莫大なものかということを、ドイツのフラウンフォーファー風力エネルギー・エネルギーシステム研究所(Fraunhofer-Institut für Windenergie und Energiesystemtechnik)が、米国のアポロ計画と比較している(図2)。これによれば、アポロ計画の40倍のコストと、3倍以上の期間がかかるということが分かっている。
*3) ギリシア神話の英雄の1人ヘラクレスは、神託に応じて、ミケーネ王エウリュステウスが命じた12の難事業を引き受けた。多数の首を持ち、切った首がすぐに再生するヒドラの退治や、地獄の番犬ケルベロスを傷つけずに生け捕るなどの冒険が広く知られている。自ら進んで困難な仕事に取り組むことを「ヘラクレスの仕事」と呼ぶ。
費用は大きい、利益はもっと大きい
エネルギーシフトの原資の額は、現在、石油や天然ガスなどの一次エネルギー輸入コストである、GDP3.5%分だ。だが、原資の元をたどれば、ドイツ国民が電気料金に対して課せられている税金と、再生エネルギー買い取り分の負担金だ。当然、低所得者からは不満も大きい。結果的に電気代が上がることになるため、製造業などは国外への脱出を図るところもある。事業者団体からの抵抗も大きい。
それでもなおエネルギーシフトを推進するのは、理由があるからだ。採算性が見えている。図3のグラフは、下側が再生可能エネルギー設備の導入コストで、インフラ、輸送、断熱コストなど全ての要素が入っている*4)。
*4) 凡例の意味は以下の通り。緑色は燃料節約による「収入」。以下は支出。太陽光発電(薄いオレンジ色)、陸上風力(空色)、洋上風力(青)、インフラコスト(黒)、電気自動車(灰色)、電力のメタンへの変換と蓄積(黄色)、ヒートポンプ(赤)、建物の断熱化(濃いオレンジ色)。利益(資本コストを除く限界利益)を赤い点線で示した。
2010年から2011年にかけては、FITの買取価格が高かったため、太陽光発電(薄いオレンジ色)への設備投資が異常に伸びた。ドイツ政府の想定以上に投資が増えすぎたために、買取価格を見直し、抑え込んだ様子を見てとることができる(図3中の左端の2本の縦棒とその右側の縦棒)。
上の緑色の部分が、化石燃料などの輸入削減によって節約できたコストだ。毎年投資を続けていくと、2030年の時点で損益分岐点が来る(利益が出るようになる)。再生可能エネルギーは、発電に使う燃料(一次エネルギー)を必要としないため、設備投資後にはメンテナンスコストだけになる。図3のように導入後に投資が減少(または一定になる)のは、このためだ。
だがこのビジョンを実現するためには、12のヘラクレス・タスクをクリアしなければならない(図4)。どれも困難な事業だが、太陽光や風力のようにほぼ実現できているものもあれば、そうでないものもある。例えば「発電量のバランスを取る」がそうだ。
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