Gartner Column:第1回 Webサービス登場の必然性

【国内記事】 2001.06.04

 インターネットでは今後も永遠に異機種混在の状況が続くことになるだろう。ゆえに,インターネット上で誰もが共通に使える相互運用基盤を構築するためには,構築と解読が容易なメッセージ形式を使い,従来よりもさらにもう一段上のカプセル化を行った,コンポーネント・コンピューティング基盤独立の通信基盤が必要になる。ここでは,自己記述型の形式,つまり,メッセージ自身にそのコンテンツが何なのかが記述されている形式を使用して,メッセージを見ただけで中身を把握できるようになっていることが重要だ。こうすれば,特定のシステム実装に縛られることなく,メッセージの構築と解読を行なうことができるようになる。メッセージを自己記述型にするというアイデア自体は,別に新しいものではないが,現時点では,XMLという普及が確実視されている標準がある。これを使わない手はないだろう。

 従来型分散オブジェクト技術の第二の問題点は,一般に,企業で使用されているファイアーウォールが,これらの基盤が使用する通信プロトコル(DCOMやIIOP)を通す設定になっていない点である。「それは,単にファイアーウォールの設定を変えれば済むことではないか。」と思われるかもしれないが,ここでは,単なる特定企業間の通信ではなく,インターネット上のオープンな取引が対象になっていることに注意してほしい。インターネットに接続するすべての企業とISPのファイアーウォールの設定を変更し,かつ,セキュリティを確保していくというのは,現実的には難しい。既に,インターネットで広く使用されており,ファイアーウォールでポートが開放されているプロトコルに相乗りすることが必要だ。

 この二つの課題を克服できるプロトコルが言うまでもなくSOAPである。SOAPの基本的考え方は,XML形式のメッセージをHTTPプロトコルを使って要求/応答型(要するに,RPC型)でやり取りするというきわめて単純なものである(SOAPの仕様上は,任意の下位プロトコル上が使用可能になっているが,少なくとも当面の間はHTTP上での使用が中心となっていくだろう)。HTTPを使用することで,ロードバランサー(負荷均衡)やセキュリティ機能などの既存のWeb系インフラを有効活用できる点も有利である。現時点でSOAPは,提唱者であるマイクロソフトを初めとして,IBM,サン,オラクル,HP,BEAなどの主流ベンダーによってサポートされており,確実に標準としての地位を得ると予測される。ちょっと乱暴だが,「Webサービスとは,HTTP上のSOAPで呼び出されるソフトウェア・コンポーネントである」と言い切ってしまっても,当面の間は,大きな問題は生じないだろう。

 従来型分散オブジェクト基盤は,社内で閉じたシステムや,グループ企業や子会社などの緊密な連携関係をもった企業間システムへの適用,いわば,密結合型分散システムには適しているが,多数の企業が,自社の論理で自立的に動いているインターネットの世界,いわば,疎結合型分散システムには必ずしも向いていない。インターネットの世界では,厳密性や効率性よりも柔軟性を重視した,良い意味でルーズな方式が必要とされているのである。この要件に合致するのがWebサービスというわけだ。これは,Webサービスが普及したからと言って,従来型分散オブジェクト基盤が不要になるわけではないことを意味する。これらの従来型基盤も密結合型システムの連携方式としては継続的に使用されていくだろう。

 今後,Webサービスは普及していくのだろうか? ガートナーは,2004年までにWebサービスが大企業における新規アプリケーションの主要な展開方式になると予測している。最初は,株価の照会やエンターテイメント系の単純で軽い応用(要は,今,人がWebブラウザへの手入力で行なっているような用途)で普及した後,より複雑な企業間統合への応用が進んでいくだろう。Webサービスが普及するというガートナーの予測には,上述のテクノロジーとしての必然性に加えて以下の根拠がある。

 第一に,インターネットの世界では,Webサービス的な機能再利用の考え方が既に一般化している点である。たとえば,自社のWebサイトで地図情報を表示するのに,一から地図機能を構築することはまずないだろう。既に存在する地図情報提供企業に必要なパラメータを渡して,自社サイトのページ内に地図を表示してもらうという方式を採ることになるはずだ(もちろん,どのような形で対価を支払うかというビジネス上の取り決めは必要だが)。広告バナーなどについても同様だ。Webサービスは,このようなWebサイト間の機能連携を,よりオープンな形で行なうために役立つ。

 また,HTTP上でXML形式のメッセージをやり取りするというSOAPの単純この上ない方式もWebサービスの普及に拍車をかけるだろう。ITの世界の業界標準争いでは,「単純が複雑に勝つ」というケースが増えてきたからだ(ついでに言うと,「民は官に勝つ」,「実装は仕様に勝つ」,「独裁は民主主義に勝つ」など,他にも経験則があるが,これらについても別の機会に述べていきたい)。

 さらに,ベンダーの競合力学もプラスに働いている。元々はマイクロソフトの提案であったSOAPを,現在では,ほぼすべてのベンダーが採用する方向性を打ち出しているからだ。IBMを味方につけたマイクロソフトの戦略は見事という他はない。これにより,反マイクロソフト色が強いサンやオラクルもSOAP陣営に引き込むことができたからである。しかし,あらゆるベンダーがSOAPおよびUDDIやWSDLなどの関連標準を採用したからといって,Webサービスの標準化の問題が解決したわけではない。SOAPおよびその関連標準は,Webサービスによるやり取りの「枠組み」を決めるだけであって,実際にやり取りされる「中身」について何ら規定するものではないからだ。とは言え,基本的なプロトコル・レベルの話で,ベンダーが仲違いしているようでは,そのテクノロジーの将来性には不安が残ると言わざるをえず,その意味では,Webサービスは,良いスタートを切ったと言えるのではないだろうか。

 ここまでの説明でおわかりのように,Webサービスはテクノロジーとして見れば,従来技術の段階的拡張であり,決して革新的と言えるものではない。しかし,ビジネスの観点から見れば,革新的な影響をもたらす可能性を持っている。次回は,このWebサービスのビジネス的影響について分析していきたい。

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[栗原潔日本ガートナーグループ]