Gartner Column:第16回 CRMについて本音で語ろう(2)

【国内記事】 2001.10.01

 少し間が空いてしまったが,第13回に引き続いて,落とし穴となりがちなCRMの重要ポイントについて「本音」で語ってみたい。

 筆者のCRMの定義である「顧客満足度を最適化し,優良顧客のロイヤリティを最大化することで,収益の向上を目指すための総合戦略」の中にある重要ポイントを引き続き挙げてみよう。

ポイント3:「CRMの最終目標は企業の業績の向上にある」

 顧客満足度の向上はCRMの最終目標ではない。これは目標を達成するための手段である。何を当たり前のことをと思われるかもしれないが,手段と目的の取り違えは,あらゆるITプロジェクトにおいて注意すべき落とし穴だ。ドットコム・バブル華やかなりしころ,「ネット上に人々が自由に集まって情報を交換できるコミュニティという場を作る。そのコミュニティを手段としてフォーカスしたマーケティングを行ない,物品やサービスを販売して収益を上げるという目的を果たす」というシナリオの手段の部分しか実行していなかった企業が如何に多かったかを考えてみて欲しい。

 そう考えてみると,CRMは優良顧客を選別し,他社に移らないように囲い込み,収益を上げるというずいぶんと利己的な概念であるように思える。本音で語ってしまえば,その通りなのだ。しかし,この企業側の論理が,顧客に露骨に見え過ぎてしまうと,顧客は拒否反応を起こし,満足度は低下してしまうだろう。ひいては,企業イメージの悪化という結果ももたらしかねない。

 インターネットの世界において,企業イメージの失墜は致命的なダメージをもたらす。たとえば,悪評が「2ちゃんねる」などの大規模匿名掲示板にいったん流出してしまえば,それを抑え込むことはほとんど不可能と言って良い。企業にとって重要なことは悪評を抑えることではなく,悪評が最初から出ないようなビジネス倫理を実践することだ。

 結局,顧客満足度の向上と企業の業績を如何にうまくバランスするかが,CRMの成功のためにきわめて重要であると言える。

 ちなみに,この顧客の視点と企業業績の視点に,さらに社員の視点と成長の視点を合わせた4つの視点から経営を評価していこうという考え方が,バランスドスコアカードである。

ポイント4:「CRMはIT戦略ではなく,ビジネス戦略である」

「CRMは総合戦略である」と述べたのは,CRMを単なるIT戦略と捉えることの危険性を主張したかったからである。「〇〇はIT戦略ではなく,ビジネス戦略である」というアドバイスも,〇〇の部分にほとんど何を入れても成り立ってしまうので,改めて言うまでもないのだが,特に日本企業では,CRMのために,まず,コールセンター,データウェアハウス,CRMパッケージというように,ITの仕組みの議論から入ってしまうことが多いようだ(何でも,形から入りたがるのは日本人の国民性なのだろうか)。

 CRMの議論は,顧客中心型,さらには顧客主導型へと企業をどのように変革させていくかの議論から始まるべきである。企業の組織,製品体系,さらには根本的ビジネス・モデルに対する議論が行われるべきであるし,顧客の満足向上のための現場レベルでの改善活動を推進ことも重要だ。ある程度以上の規模の企業であれば,結果的にはデータウェアハウスが必要となることが多いのだが,ローテクから始まるCRMが成功することも多いのである。

 米国ガートナーの春期シンポジウムのCRMセッションにおいて,アナリストが聴衆に対し,「皆様の会社でCCO(Chief Customer Officer)のポジションを置かれている方はいらっしゃいますか?」との質問を行なったところ,約5%の人の手が上がった。CxOの職を設けよというようなアドバイスも良く言われる(例えば,KMがブームのころには,CKOの必要性に関する議論が良く聞かれた)のだが,実際に,これを実践している企業が存在するということは驚きであった。少なくとも,米国の先進的企業では,CRMを単なるIT戦略ではなく,全社的な経営にかかわる案件として扱っているのである。

 なお,ここで言っているCCOとは顧客満足度の向上に責任を持ち,顧客満足度調査の結果によって役員賞与が変わるような上級役員のことを指している。単なる肩書きのことを言っているのではない。

 最後に,CRMに限らず情報系のIT投資について述べて置きたいことがある。現在のように環境の不確実性が高い時代においては,IT投資を基幹系に集中すべきであり,CRMのような情報系システムに対する投資は後回しにすべきとの議論がある。これには断固として反対したい。不確実性が高い時代であればこそ,企業には他社に先駆けて環境の変化を知り,迅速に対応するための高度な情報系システムが必要となるのだ。

 また,経済成長が横這いとなり,あらゆる市場がゼロサムゲーム(場合によっては,マイナスサムゲーム)になるにつれ,企業は如何に他社を出し抜くかが重要となる。このような環境では,ITは,単に企業の基幹ビジネスをちゃんとサポートするというだけでは十分ではなく,CRMに代表される情報系,戦略系ITへの投資が,今まで以上に重要になると言えるだろう。

 さて来週は,ガートナーの米国シンポジウムからの最新情報をお届けする予定である。注目のカーリー・フィオリナ氏とマイケル・カペラス氏の基調インタビューが,それぞれ火曜日と水曜日なので更新が遅れるかもしれないが,ご了承いただきたい。

[栗原潔ガートナージャパン]